新年と姫始めと景吾の愛情





















「あけましておめでとうございますっ! 先輩!」

 異様に元気な声を耳にして、跡部景吾はとりあえず立ち止まった。
 振り向けば、全く知らない女生徒が笑顔でこちらを見上げている。

「……ああ、おめでとう」
「はいっっ!」

 それはもうキラキラした笑顔だ。全く知らない女だが。
 恐らく、自分を見かけてただ挨拶しただけだろう。何しろ新年一発目の登校日だ。
 景吾は、自らの有名性を至極率直に自覚していたので、それも無理ないことだと判断した。アイドルに思わず声かけちゃった一般人、彼女はそんな感じなんだろう。
 もう用は済んだだろうと判断した景吾は歩き出した。行くべき場所、すなわち学校に向けて。


 そこかしこから、跡部先輩だとか跡部様だとか明けましておめでとうございます、だとか声がかかるのを適当に手を振って答えつつ、景吾はふと思い出した。

 そういえば己の最愛は自分に対して新年の挨拶をしてきただろうか、と。

 そもそも、新年明けてから会ってすらいないんじゃないだろうか。お互い確かに忙しかった。それは認めよう。だからといって会おうという努力をお互いしていないのはどうだ。自分もひどかったのは事実だが、だからといってこちらから送ったメールに「今忙しい」の一言のみというのはどういうことだ。

 イラッと景吾の怒りゲージがじわじわと上がっていく。
 しかし、外見からは判断出来ぬそれ。仲の良い誰かならば恐らくすぐにも分かってしまうことであろうが、生憎と周りにいるのは景吾を偶像化している一般人である。非常に残念なことに。
 こうして、ただでさえイラつき始めた景吾に対しキャーキャーと騒がしい周りが乗っかって、不機嫌景吾は着々と作成されていくのだった。





 ………所変わって。


「……ヘルプミ、って何これ」

 メールを開き、そこに見た文字に越前リョーマは目が点になった。
 何しろそれだけである。
 ヘルプミーではなく、ヘルプミ。
 なんとなく恐ろしい気配を感じる。
 ちなみに送信元は向日岳人である。意外と仲良しなのだ。

 そしてその直後。

 忍足侑士からのメール。
 題名なし、本文……なし。

「…………こわっ!!」

 何か物凄くまずいことが起こっている予感がする。これは間違いない。
 二人とも、何か問題があってメールすら満足に送れてないんじゃないだろうか。
 なんだそれ、なんなんだそれ。

 とりあえずパタン、と携帯を閉じ。

「……俺は、何も、見ていない」

 自己暗示をかける。
 そう、何も知らないのだ。
 だから、これから彼らがどんな目に遭っていようと知らないのだ。

 しかし、そんな暗示も残念なことに意味が無かった。

 何しろ目の前に原因と思わしき存在が立ちふさがってくれたのだから。



「ようリョーマ、この後暇だよな? 俺も暇だ。なら一緒に俺の家に来るよな? さっさと車乗りやがれ」

 洒落にならないくらいに声が低い。というかもうむしろ恫喝な勢いだ。

「……はい」

 これに逆らうとそれはもう恐ろしいことになるに違いない。
 勿論、リョーマだっていつもならばギャーギャー景吾に反抗したりとかするものだが、なんとなく、やっちゃった感があったのだ。とういか、正直に言えば身に覚えがあったのである。
 間違いなく、新年のメールだろう。
 あの一言メールは、後から考えると非常にまずかった。
 でも、そのときのリョーマは睡眠を何よりも欲していたのだ。
 だから。だから……。
 景吾からのメールに対してあんなにも適当に終わらせてしまったのだろう。前日忙しかったことだし。
 そしてその後も景吾自身が忙しかったらしく、メールは来ず。それをいいことにリョーマはメールをそのままにしておいた。
 ああ、まずい。
 嫌な予感しかしない。

 車に素直に乗り込むも、その後はひたすらに無言である。
 恐ろしい。恐ろしすぎる。
 二人そろって車後部座席に座りながら、ただ無言。
 景吾の方をちらりと盗み見れば、景吾は凄まじいほど悪人面で前を睨みつけているし。

 ああ、とリョーマは顔を覆った。







 部屋についてすぐ、まず何をしたかといえば。


 結論から言おう。


 まぁ要するに。

 アレだ。









 ………姫始めというやつだ。










 景吾の言いたいことは簡単だった。
 新年の挨拶を適当に済ませたんだから、身体の方で濃厚に挨拶してやろうじゃねぇか、だ。
 馬鹿じゃないかと思う。というか、ヤツは絶対にヤツは馬鹿だ。
 基本的に景吾はセックスのことしか考えてないんじゃないかと思って一度言ったことがあるが、それに対して返ってきた言葉に非常に脱力させられた。
 曰く。
「普段他のこと考えなくちゃならねぇからな。その分、リョーマが傍にいるときはリョーマのことしか考えてねぇからだろ?」
 だそうだ。
 というかそもそも、リョーマのことを考える=リョーマとセックスという考え方がおかしいだろう。
 けれど景吾は、笑って言った。
「セックスしてりゃ、俺はリョーマのことしか見えねぇし考えねぇ、つまり、リョーマも俺のことしか見えねぇし考えねぇ、だろ?」
 気持ちもいいしな、とか言われてリョーマはとりあえず景吾を思い切りよく殴ってやった。勿論、その後一戦挑まれて、物凄く後悔したわけだが。





「……やっぱり景吾は馬鹿だと思うんだけど」
「あ?」
「アンタといるとセックスばっかり。頭馬鹿になっちゃってるんじゃないの?」
「……そんなの、リョーマだからだろ?」

 返ってきた言葉にリョーマは少し沈黙する。
 ベッドに二人寝そべりながら、お互い見つめあう。

「俺だから?」
「好きすぎてその辺りおかしくなってんだろうな。俺はもう自覚してるぜ? リョーマのこと考えてる俺が狂ってるってことはな」
「……で、セックス?」
「愛してるって、分かりやすいだろ?」

 にや、と笑う景吾にリョーマはムッと唇を尖らせる。

「愛してなくたってセックスは出来るし」
「……まぁ出来なくはねぇけどな。でも俺はリョーマ以外抱きたいと思わねぇよ」
「それはまぁ、俺だってそうだけどさ」
「そうだな、とりあえず、この衝動は若いからってことにしとけばいいだろうが」
「ええ? 凄いうそ臭いけどそれ…」
「ああ? いいじゃねぇか。くだらねぇことで悩んでるよりはよっぽどましだろ」

 ハッとか笑う景吾に、リョーマは疲れたようにため息を吐く。

「で、そういえばアンタ機嫌直ったわけ?」
「あ? まぁ、とりあえずはな」
「そりゃあ良かった。これで岳人と侑士から怪メールが届かなくて済む…」

 リョーマが思わず言った一言に思い切り景吾が反応を示した。
 顔が思い切り歪んでいる。

「んな変なメール送りやがったのか、アイツら」

 低い声でそれはもう恐ろしい形相。
 これは、またしても彼らに何かが起こってしまう予感、である。

 それでは新年早々彼らが可哀想、かもしれないので。

 リョーマは泣く泣く、景吾の唇をふさいでみた。己の唇で。

 その流れに当たり前のように乗っかるのが景吾である。

 身体に触れてくる手に息を乱されつつ、リョーマはふと思い出した。
 景吾は相変わらず行為に夢中でそれどころではないみたいだが。


「ねぇ景吾」
「アン?」

「明けましておめでとう、今年も、というか末永くよろしく」

 にっこり笑って言ってみる。
 景吾の目が見開かれた。なんだか妙に可愛らしい。

「ああ、明けましておめでとう、リョーマ。今年だけじゃなく末永く、よろしくな」

 そしてニヤリという笑みと共に、思い切り身体を突き上げられたのだった。





 そういう意味では、あまりよろしくしたくないかもしれない。























FIN