愛のままに
さて困った。
これが、今現在の偽らざる気持ちである。
もう兎にも角にも越前リョーマ、本気で困っていた。
理由は非常に簡単だ。
本日が愛すべきダーリンの誕生日だからだ。
遠くの方で、ピシャーン、と雷を背負っているダーリンの。
「な、なんやねんアレ」
すすす、と近づいてきた忍足の言葉にリョーマは曖昧に笑って見せた。
「あー…俺が誕生日忘れてたから」
ぼそ、と呟けば忍足が目を見開いたまま固まった。そりゃもうコッチコチである。
「………冗談やんな?」
「マジ」
これ以上無いくらい真剣に忍足を見つめて言ってやったところ、目の前の彼は大粒の涙を零した。
「あかん。俺らの命が風前の灯やんか!」
そりゃそうだ。何しろ彼らはこれからテニスの部活を行うわけで。つまり、完全に八つ当たり対象になるということだ。
そんな彼らの傍に今現在なぜリョーマがいるかといえば、件の誕生日のお方に呼び出されたからに他ならない。
呼び出されて行ったリョーマの「用件はなんなの、俺今日は忙しいんだけど」という一言に、件のお方は茫然自失状態に。
当然祝われるものだと思っていた矢先の愛すべきハニーからの驚きの一言に、件のお方は本当に何も考えられなくなったようだった。
そう、気付いた時には遅かったのだ。
校門潜った時点で、出待ちの女子高生が異様に多いなと思っていたのに。しかも思い思いにプレゼント持ったりとか着飾ったりとかしてたのに。
どうして気付かなかったんだ、と後悔してももう遅い。
テメェ、今日が何月何日か良く考えて物申せ、と言われて素直に考えたリョーマの青白く変化した顔に、その人は無言で頷いて見せた。お前本当に忘れていやがったな、覚えていろよ、とその顔は言っていた。
やっべぇやっべぇよ、と思い慌てて謝罪を申し出ようとしたところ、遠くで雷をまとい始め、今に至る、わけである。
あんなのに近づく勇気は今のリョーマにはなかった。
「とりあえず何とかしてや」
「………俺にも出来ることと出来ないことがあるって今知った」
「彼女やろ!」
「……だからこそ無理なんだけど。というか、その彼女って響きが大っ嫌いだって俺前言ったよね!」
ガシィッと上方にある端整な顔にアイアンクローをかます。結構な勢いをつけてやっただけあって、むしろアイアンクローというよりは単なる張り手になった気配がしたが、気にしないリョーマである。
とりあえず痛みを与えられればそれでいい。結果が全てだ。道のりなんて関係ない。
「……なんて凶暴な女なんや。でもそんなとこも好っきやで」
キャッとか騒ぎながら、主にキモい方向からのアプローチ。リョーマは黙殺することにした。ともあれ、そんなことで凹むような精神を持ち合わせていない忍足は、何事もなかったように振舞う。さすがである。
「………ところで忍足侑士さん、気のせいじゃなければ、遠くから物凄い視線を感じます」
「奇遇やな。俺も物凄い殺気を感じるで。ちゅうか、今から殺したるからそこにいやがれ言われた気すらするわ」
「へぇ。俺もそれ聞こえた」
沈黙。
「……二人してシックスセンス目覚めたみたいやな」
「だねー…」
二人でほのぼのと微笑みあい、その薄ら笑いのまま固まる。
「いや、笑っとる場合ちゃう! 俺死んでまう!」
「まぁいいじゃん。ちょっと死ぬくらい。それで世の中平和になるんなら」
「いややー! ちゅうかそもそもなんで俺がターゲットなん? 普通忘れたリョーマにいくやろ」
至極当たり前な忍足の疑問に、リョーマは満面の笑みで答える。
「誕生日忘れられて苛々してるところに、他の男とイチャイチャされたら腹立たない?」
リョーマの言葉に、侑士は愕然とした。
「か、確信犯かっっ!」
叫び声に、リョーマは悪びれもせず首を傾げた。
「人聞き悪いこと言わないで欲しいんだけど? 俺はただ、ここにいて、侑士と喋ってただけだし?」
にんまり笑う。結果的にはそんな風になったけれど、別に狙ったなんてことは、ちょっとしかない。
「誰だって自分の身、可愛いじゃん?」
「っっ! 最悪や! 岳人ー!岳人ー! 俺ハメられたー!」
わーん、とか叫びながら走り去る男は、確実にいつもの色男っぷりをどこかに捨てている。まぁ、リョーマの前にいるときは、いつだって彼はお笑い要員なので別に問題はないのだが。
ともあれ、こうして今現在のところは、あの男の怒りの矛先を逸らすことに成功した。
けれど、そう長くは続かない。つまり、結局の所自分がその怒りを被らなくてはならないのである。
自業自得とはいえ、嫌なものは嫌なのだが。
「……あー、困った」
遠くで、侑士と岳人がギャイギャイ言っている。そこへ怒れる男が登場するのはもうまもなくのようだった。
どーん、と目の前に鎮座するのは誰あろう、越前リョーマの恋人であらせられる跡部景吾その人である。
相当お怒りだ。ぶち切れている。
「で、何か事態が好転するような素敵アイディアは浮かんだか?」
ニヤリ、と笑うその表情すら、怒りがチラチラ見えていて、そりゃあもう恐ろしい。
「………」
すすすぅ、と顔を横に逸らすリョーマ。
考えても考えても、そんな素敵アイディアは出てくるはずもない。
だって、現在の跡部景吾の怒りは本当に半端じゃないのだ。
そんな状況で、ご奉仕するよなんて口が裂けても言いたくない。大概の場合はそんなような事を言えば、やつの機嫌は直るのだが、今日は絶対無理だ。リョーマの勘がそう告げている。というか、普通に朝までコースとかじゃなくて、目覚めたら暗くて、アレどうしたの?ってことになりそうで怖い。そう、朝までじゃなくて、朝通り越して夜になっちゃったよコースである。丸一日。二十四時間。ヤツならそれくらいやってやれないことはなさそうだ。
絶対嫌だ。
「リョーマ、俺は傷ついてるんだぜ?」
そんな笑顔で言うことなのか。それより何より、にじみ寄りながら言うことなのか。
後ろには景吾のベッド。目の前には景吾。
どうしようもない。
「……明日はこれといって特別な日でもなんでもないって話だからな。まぁ別に問題ねぇだろ」
ソレは一体どういうことだ。
明日が何か問題になるようなことがこれから起きるというのか。
ジーザス!
奉仕するとかそういう選択肢以前に、既に明日の夜までコースは決定なようである。
誰だ、コイツをこんな風にしたのは。
絶倫というのは女性に優しくないからきっと嫌われると思うんだがどうだろうリョーマ的にはコイツ最低だという思いしかないというかなぜ今押し倒されているんだろう自分そして脱がされているのはなぜだそういえば夕飯にトイレとか色々と生理現象はどうする気なんだっていきなりソレなのか挿れることしか考えてないって最低以外の何物でも…
と、リョーマはグルグルする思考回路で、喘がされることとなったわけである。
ちなみに、寝ても容赦ないのが跡部景吾である。本当にしょうもない。
そんなワケで、気付いた時には本当に真っ暗で、「………気付いたら本当に夜だ」と物悲しくボソリ、すやすやと気持ちよく眠る景吾の隣でリョーマは呟くこととなった。
合掌。
■跡部景吾お誕生日話。ちなみにリョーマの腰はヤバいことになりました。可哀相に。いつもこういう話を書いてる気がしたので景吾の絶倫度をあげてみたの巻。