【 わんないとかーにばる 】










「……………」

 思わず無言で近くにいた誰かの肩を掴んでいた。
 隣の男はといえば、凄まじいほど心配そうな顔でこちらを見てくる。
「………大丈夫か?」
「ううん。駄目だと思う俺」

 目とか。耳とか。色々が。





「宍戸亮さんに質問。俺の目の前で起こってることは現実…? ねぇ現実……?」
「いや……最初のうちは抵抗あると思うけどよ」
「抵抗とかいう問題じゃないじゃんコレ! 明らかに違和感がある!」
 認められない!と叫ぶリョーマの頭をポンポンと叩くと、宍戸はリョーマに疲れたように笑いかけた。
「無駄だ、諦めろ」
「やめて! 色々やめて! なんで亮は諦めモードなの!?」
「俺は無駄な労力は使わねぇんだよ」
「それは亮的に激ダサじゃないのっ!?」
「いや…これが一番いい方法だと思うぜ?」
「…………そんなのは、い・や────!!!!」
 歌はサビ部分だった。振りつきで歌うのは、誰であろう樺地崇弘。


 ―――しかも光ゲンジ。


「誰なの!誰が樺地にあんな歌教えたの! っていうか誰なの歌えって言ったの!」
「お前あそこで満足そうに頷いてるの見えねぇのか……」

「──────白太郎…!!」

 ショックを受けたように固まるリョーマの目線の先には、至極楽しそうに頷く榊太郎監督の姿が。
 ちなみに、榊太郎の誕生日がホワイトデイだと知ったリョーマにより、最近では氷帝メンバーとリョーマの間では白太郎のあだ名が定着している。
「…なんでこんなトコに白太郎がいるの!」
「………知ると思うか俺が?」
「だって白太郎はこの場を止めるべき人なんじゃないの!? なんで酒勧めてんの!」
 頭を抱えて唸るリョーマを、気の毒そうに見つめる宍戸。最近、氷帝のおかしさに触れ始めたリョーマには、かなりきつい現実だったかもしれない。宍戸はもう、ある程度の免疫はついていたからそれなりに対応出来たけれど。
「白太郎ってさ……生まれてくるべきじゃなかったよね……」
「お前…それは言っちゃいけないだろリョーマ…」
「ううん。俺正直だもん」
「そういう問題でもねぇし…」
 段々、本格的にリョーマが涙ぐみ始める。
「俺さ…樺地には夢持ってたんだよね…」
「どんな夢だよ」
「妖精さんなんじゃないかって………」
「あんなでけぇ妖精もいねぇだろ…」
「それがなんで光ゲンジ……親父がウキウキで歌ってたのこの前! レベルが一緒! そんな!」
「聞けよ、つーか妖精っつうのが無理あるって気付けリョーマ」
「だってウスしか言わないんだよ!? 後は気付いたら『ばぁ!』とか『ぃい!』とか言ってるけど」
「むしろそれだったら野獣とかそっちだろ…」
「うん。でも普段は可愛いから妖精でいいじゃん」
「お前な、ティンカーベルとか重ね合わせられねぇだろ…」
「………でかティンカーベルがいてもいいじゃん!」
「よくねぇだろ! なんだよ! でかティンカーベルって!」
「でっかいティンカーベル!」
 二度目のサビが樺地によって歌われようとしていた。

「っっ! 何今の!!」
「部員の一年が合いの手入れたんだろ…」
「だって…! かばじー!って…ありえない…! 返してよ俺の樺地!」
「お前のじゃねぇだろ…」

 なんだか樺地崇弘が遠く遠くへ行ってしまったような気がした、そんな夜のことだった。










 ■これも氷帝フラッシュから。迷い込んでるよなぁ、どこかに。