孤独と、そして痛みと。

背中からはそれが感じられた。

うるさいくらいに氷帝コールが鳴り響く。


無性に……苦しかった。









【 孤高の人間 】









駆け寄ることは許されない。
今、この時間だけは、傍にいることは、許されない。
何しろ、所謂敵同士の間柄。勝者である自分が、敗者になってしまったあの人に近づくことは出来なかった。

あの男が、自分を欲しているだろうことは想像がついたけれど。
そう、苦しみと、悲しみと。
悔しさから。

「…………ハァ……」

今夜のことを思うと、少しだけ憂鬱になった。

表面上には決して出ては来ない、氷帝の帝王、跡部景吾の弱さ。
誰よりも強者で、勝者で、そして絶対者でいなくてはならない、あの男の弱さ。

何事もなく接していたならば、きっと知らずにいただろうソレ。よもや自分達が愛し合うようになるとは誰も思いもよらなかっただろうけれど。何しろその当事者ですら想像もつかなかった。もっとも、景吾は初対面の時点で決めていたとかほざいていたが。
ともあれ、今、自分は景吾の中、誰よりも近い場所に存在する。
だからこそ、自分には景吾の痛みが誰よりも分かる。

氷帝に勝ったことを純粋に喜んでいるのも事実だが、どうしても思いは景吾へと飛んだ。









帰った自分を待ち受けていたのは、誰でもない景吾だった。
何事かと思う間も与えず、リョーマは車の中へと押し込まれ。
深く抱きしめられ、くちづけられた。
言葉を発する間もなかった。入り込む舌は、リョーマの思考を奪う。
何度も何度も角度を変え、唇を貪ってから、景吾は身体を離した。

「出せ」

その一言で、運転手は何も言わずに走らせ始める。
静かな住宅地を、黒塗りのリムジンが走っていく。正直、別にその光景はどうってことはないのだ。スモークの貼られた後部座席は、外から覗いたところで見ることは出来ないから。

「んっ…」

けれど、実際、景吾がここまでダメージを受けているとは思わなかった。
性急に身体に触れる手は、もう既に熱い。運転手は慣れたもので、前部と後部との間の仕切りのスイッチを入れた。
こうして密室になった後部座席で、景吾は遠慮なくリョーマの身体に愛撫を重ねる。
さすがに、声は漏れるだろうから、と。唇に手を押し当てて。
リョーマは与えられる愛撫に身体を任せた。



ふと気付けば、胸元に景吾の頭。
背中に回された腕はきつく、思わず髪を撫でた。ふわふわとした髪を何度も何度も撫で付ける。
景吾が笑った気配がした。

「なんか、景吾のお母さんになったみたいなんだけど」
「…………有りえねぇだろそれ」
「いや有り得る。だってこの状況見たら誰だって、甘えてる子供とお母さんの図って言うね」
「………うるせぇよ」

その言葉は肯定を表していたと思う。けれど景吾は離れなかった。
あんな言葉をかけられれば、今までならば、ウゼェとか何とか言って確実に離れていたのに。
撫でている手も止めようとしない。

「ねぇ、景吾。
……………アンタの痛みは俺が受け継ぐから安心しなよ」
「……………何、言ってんだ?」
「アンタの苦しさアンタの悔しさ、全部、俺が継いで晴らす。勿論大会で」

そう言えば、今度こそ景吾は声に出して笑った。
それも楽しそうに。

「出来んのか?」
「当たり前」

胸元にあった景吾の顔は、今は自分の顔より上にあって。


今までの表情が嘘のように。

笑った。


「いいぜ? やってみろよ、出来るならな」

──いつものような皮肉気な笑いで。











THE END





■跡リョに20のお題より 06「相続」