【Valentine day kiss】
目の前にあるものを一瞥して後、景吾はため息をついて。
「………ミルクチョコレート味のキスは勘弁な」
先手とばかり呟いた。
「意義有り!」
「意義は認めねぇ」
「なんでだよ景吾の馬鹿!」
畜生!とか何とかリョーマは心の限り叫んでいる。
ある意味ほのぼのといえなくもない光景だ。もっとも、忍足侑士辺りに言わせれば『コレは殺伐や』とか何とか返って来るのだろうが。それは、景吾とリョーマの喧嘩というものを心底理解していない証拠でもある。なぜって、二人のマジギレはとりあえず洒落にならない。お互い相手を負かすことにのみ己の全神経を傾けて相手の排除にかかる。二人の力が拮抗しているだけに事態は最悪だ。
とはいえ、誰も遭遇したことないので知るものはいないけれど。
「俺の愛が受け取れないってこと!? たまに誘ったらコレって俺愛されてない…!?」
愕然、とかわざわざ言葉で表してリョーマは固まってみせる。チョコまみれで。
「つか、誘う誘わないの前に、それは嫌がらせだろ?」
確信している景吾の言葉に、リョーマは明後日の方向を見やった。やっぱりチョコまみれで。
「わざわざビターじゃなくミルクチョコレート使ってる時点で、バレバレだバァカ。俺を喜ばせるためならビターに酒混ぜるくらいの手間暇かけやがれ」
リョーマの身体、主に口元から素肌の胸元にかけて滴り落ちるとろけるチョコレート。色合いからして間違いなくミルクチョコレートだった。そして景吾はビター好き、ミルクチョコレートは好まない。
「わざわざフローリングの上にビニールシートまで敷きやがって…」
ため息しか出てこない景吾だ。
目の前に座る恋人が、暇つぶしにバレンタインデイという日本にとっての恋人イベントを面白おかしく嫌がらせ行為に利用するような性格であることは百も承知だ。しかし、こんな焦らしプレイは景吾的には勘弁して欲しいものだった。
「景吾……枯渇しちゃった……?」
「お前帰国子女の癖して無駄に難しい言葉使ってんじゃねぇよ!」
突っ込みどころもここまで来ると満載だ。枯渇って何だ枯渇って…!
「いや、辞書を何の気無しに引いてたら、枯渇って言葉が目について…」
「テメェ辞書なんか滅多に引かねぇのに、引いたら引いたで変な言葉覚えんな!」
「なっ! 俺にだって辞書引いて言葉覚える権利くらいある!」
「そんなことじゃねぇ俺が言いたいのは! お前がなぜ変な言葉のみをわざわざチョイスするのかってことだ!」
「自由に選んで何が悪い!」
「………………つーか、そんなことよりテメェさっさとシャワー浴びてこい」
最後は、景吾のそんな正論で幕引きであった。
「………ホントお前とイベント事は疲れる……」
「でも俺に言わせれば、日本に変なイベント多すぎるのが悪いね。だから俺が利用するんだよ」
「別にお前に利用されるために日本のイベントがあるわけじゃねぇだろ…」
疲れたように景吾はソファに座り寛いでいた。シャワーを浴びてさっぱりしたらしいリョーマが何気なく景吾の傍へと近寄っていく。
「……今後はもっと俺に優しいレクリエーションにしとけ」
「……ふぅん?」
その言葉に、景吾の顔近く、にやりとリョーマが笑った。それと同時にふわりと香るカカオの甘い匂い。
ハッと身体を離そうとするも、リョーマの柔らかな唇は逃さないとばかり重なる。次いで、とろりとした甘さが舌先に触れる。
条件反射でキスに応えてしまった景吾は、口の中に広がる甘ったるさに顔を顰めた。
「………テ、メェ……」
リョーマがペロリと唇に付いたチョコレートを舐め取った。勿論ビターではなくミルクだ。
ひた、と睨みつけるように見据えて、リョーマは艶然と微笑んだ。
「まだまだだね…景吾。俺相手に油断は禁物、知らなかった?」
煽るように言うリョーマに、さすがの景吾も我慢の限界というものだった。
「………うるせぇ」
唸るように呟いて、景吾は目の前の身体を組み敷く。けれどそれさえも想像通りであるかのように、リョーマの微笑みは消えない。
「………俺の勝ち」
「マジ黙ってろ」
怒り任せのくちづけに、リョーマは熱烈に応えてくる。
どう足掻いてもリョーマの言うとおりになるのならば、今日一日延々付き合ってもらおうじゃないかと、景吾は薄く笑うのだった。
終わる。
■…………最後無理矢理でスイマセン。上手い終わらせ方が考え付かなかった。