【 夜明けのお話 】










ぼんやりと目を開いた。真っ白な天井と、そして冷えた空気。
パチパチとリョーマは幾度か瞬きを繰り返し、辺りを見回した。

「あ……」

隣にいる男の姿を発見して、少しだけホッとする。その後に、どうしてホッとしたのか、なんて自己嫌悪に陥ってもみたけれど。どうにも恥ずかしくて、リョーマはゆっくりと身体を起こした。
傍にいるのが嬉しい、なんて認めることなんて出来やしない。
隣では、いまだ跡部景吾が眠りについている。景吾の寝顔を見るのは珍しいことなだけに、思わずしげしげと見つめた。綺麗な顔は相変わらずだけれども、何とも言えない幼さがあるような気もする。
この顔に他の女の人はやられちゃったのかなぁ、なんてリョーマは思う。よくある母性本能が刺激されたってアレ。だって、こんな寝顔見ちゃったら軽く堕ちてしまいそうな気もするのだ。

「…………卑怯……」

リョーマは呟いて顔を歪ませた。

「っていうか…ずるい……」

好きにさせるだけさせるそのやり方は、確実にずるい。しかも本人無意識のこの状態でまで。
それじゃあ、あまりにも他の女の人が可哀相だ。だって、モテまくるこの男が、他の女に手を出して無いわけがないとリョーマは当然のように思っていたし、そして確実な線でそういった女の人は遊びに違いないのだ。それなのに、他の女の人は、景吾に対して本気になってしまうのだろう。こういった何気ない寝顔なんかで。

「………………景吾って……最悪……」

女の敵とかいうヤツじゃないだろうか。

「うるせぇ……」

掠れた声が、景吾の唇から洩れた。不機嫌そうなその声と、そして表情に、眠りを邪魔された苛立ちが読み取れる。

「…………あ、起きたんだ」
「起きたんだじゃねぇだろ。隣でブツブツ人のこと最悪だなんだ言いやがって」
「だって最悪っつか、卑怯なんだもんアンタ。自覚して無い辺りが更に最低」
「あ?」
「いや気にしなくていいよ。自覚してないんだからどうにもなんないし」

寝顔なんて、自分でどうにかできることではないのだから、景吾に言ったところでそれが解消されるわけではない。
そう、女の敵は所詮女の敵。

「ざけんなテメェ、さっさと吐け」
「嫌だね。あ、ところで最近可愛い子捕まってる?」
「…………どういう意味だ?」
「だから、アンタ好みの可愛い子捕まったかって聞いてんだけど。セックスのお相手」
「……………ふん……そういうことか」

突然ガバッと起き上がった景吾が、ニヤリと笑った。
こちらは何が何だか分からないままにそんな景吾を見やる。

「……随分前にお前しかいらねぇっつったの覚えてねぇのか?」
「覚えてるけど……ありえないじゃんアンタにそれはさ」
「だから嫉妬で最悪、か? リョーマにしては可愛いこと言ってくれたな?」
「…………そんなつもり無いんだけど」
「お前こそ自覚してねぇじゃねぇかよ」

クックックッと喉で笑う景吾に、リョーマは納得いかないといった表情を浮かべる。

「………絶対有りえない。俺が嫉妬とか。ふざけんな」
「ふざけてんのはテメェだろ。可愛い嫉妬くらいで済ませとけ。
俺にしてみりゃ、お前からそんな言葉聞けて嬉しいんだからよ」

結構本気で喜んでるらしい景吾のその上機嫌な顔に、リョーマは少々面食らった。確かに納得いかないし気に食わないのは確かだが、景吾のコレは珍しい。とっても珍しくて面白い。

「………アンタって意外と俺に惚れてたんだね」
「……知らなかったか?」
「うん。全然。いや別にいいんだけどさ」

ニヤニヤと笑いながらの景吾の囁きに、照れくさくなりつつ答える。けれど、それでベッドに身体を休めてしまったのはまずかった。
ハッと気付いた頃には、なぜか自分の上に景吾がいて。

「……俺なんで押し倒されてんの?」
「お前がようやく身体寝かせたからだろ?」
「……………朝から…?」
「やりたくなったからな」

素肌の腰に這わされる手のひら。首筋に唇の感触と、少しの痛みと。
確実に放す気のない景吾の愛撫に、リョーマはため息をついた。

「ため息なんかついてんじゃねぇよ」
「…………アンタ最悪、ホントに」
「もう黙れ」

唇を塞がれて、リョーマは仕方なしに目を閉じた。
絡み付いてくる舌に答えるように肩に手を回す。景吾が喉で笑った。








「…………でもやっぱりアンタ反則……」

リョーマの、景吾曰く自覚無しの言葉は、やはり景吾の寝顔と共に。










FIN