おもむろに取り出したメモ帳をパカッと開いた草子である。
 それらの動作をどうでも良さそうに見つめるリョーマに対して、忍足はキラキラと目を輝かせている。心なしか格好ええなぁ草さんはとか何とか心の声が聞こえてきそうですらある。
「まず、彼女の名前は名取美佐子。高等部一年。まぁ、可愛い部類に入るんじゃないかしら」
「まぁ確かに可愛いね」
「俺もそれは頷けるわ」
 ちなみに、廊下に座り込んだ三人のやり取りである。運よく人が全く通らないのをいいことに、廊下を占領しまくっている。
「それで、勿論彼女の方から告白。それも昨日の話らしいわ」
「あぁ、そういえば昨日一緒に帰ってない。なんか用事あるとか何とか」
「ほぉー。呼び出しにのこのこ行って、まんまと付き合っちゃったっちゅうわけやな」
「そうなるわね」
 ふんふん頷きながら皆してこっそり噂の二人を見やる。
 もう、完全に三人のうちの一人がその噂の片割れの現彼女であるなんてことはすっかり忘れ去っているらしい。本人も完全に傍観者と化している。むしろこの場合は野次馬であろうか。
「そりゃまぁ、あんだけ可愛ければ拒まないでしょうね」
「確かに。あんな子が目潤ませて先輩好きですとか言ってきたら、食っちゃうよ」
 リョーマの言葉にうんうん頷いてから、慌ててプルプルと頭を振る忍足である。
「あ、あかんやろそれは! そんな即行は許さんで!」
「あら、私の情報によると、ホテル直行だって聞いたけれど」
「うわ、さすが跡部景吾」
 感動、とか呟くリョーマに、ホントにね、と頷きながら草子はボソリと呟いた。
「ちなみに、そんな男の現彼女はアナタだったと思ったけれど、そこのところ、どうなのかしら?」

 その場を沈黙が包み込んだ。












 〜彼と彼女の恋愛事情その7〜

『 愛と欲望 』













 静まり返ったその場に、リョーマの乾いた笑いが響く。
「そ、そういえば忘れてた」
「本当にアナタ達付き合っているのかイマイチ疑問だわ。ねぇ、リョーマ、アナタ跡部先輩に本当に惚れているの?」
 その言葉にウロウロウロッと目を泳がせてから、ニパッとリョーマは笑う。
「も、もちろん! アイシテルにキマッテルじゃん!」
 嘘くさいことこの上ない棒読みに、草子だけでなく忍足までもが不審げに見つめているわけだが、リョーマはハハハハハとただ笑うだけでその二人に弁明も何もしようとはしなかった。これ以上言い連ねても上手い言い逃れなど出来ようはずもないからだ。
「……まぁ、恥ずかしがっているだけかもしれないものね」
「せやな。さすがに好きでもない相手とこんだけの期間付き合わへんやろ」
「……そうね」
 微妙に長い期間「跡部景吾の彼女」として存在してしまっているだけに、リョーマはもうこの二人に本当のことなど話せなくなってしまっていた。だって、馬鹿にされるに決まっているのだ。馬鹿にした挙句、いついつまでもその事をネチネチ突っついてくるのに決まっている。特に、変な方向で跡部景吾、越前リョーマカップルに理想掲げてしまっている忍足侑士は。
「…それにしても、やっぱり跡部先輩は跡部先輩だったってことかしらね」
「けどやな、幾ら跡部でも付き合ったその日にホテルなんちゅう即行、今まで聞いたことないで?」
「確かにそうよね、聞いたことないわね」
 遊びっぷりは激しいが意外と紳士らしい跡部景吾。というか、ある程度その人間性を知ることで身体の関係を持っても面倒くさくないか考えてるわけなのである。跡部の近くにいる忍足はその事を良く知っているので、余計におかしいと感じるのだ。そして無駄に情報通の草子も同じくその事実を知っているために、二人して考え込み始めてしまう。
「……告白される前から彼女のことを知っていたのかしら?」
「いや、それは考えられへんやろ。あの跡部がそこらの女の情報欲しがるとは思えへんからな」
「となると、余程タマって…」
 草子が言いかけ、ハッと固まる。同じく忍足の方も何かに気付いたように目を見開いた。
 そして二人してキョトンとしているリョーマを見つめる。
「ねぇリョーマ、ちょっと参考までに聞きたいんだけれど」
「なに?」
「跡部先輩と身体の関係って」
「は? 俺が? あるわけないし」
 そう言って笑うリョーマ。
 途端、脱力したようにグッタリと頭を抱える草子と忍足。
「……そうね、そうよね。有り得ないわね」
「いや! これでええんや! せや! 俺の目指す理想カップルはこれや!」
「それで、性欲の吐き出す相手を他に作るわけね。ソレは正直、よろしくないと思うけれど」
「……………せやな」
 ズドーンと沈む忍足を鼻で笑いつつ、草子はリョーマを見やった。
「ところでリョーマ、貴方はこのままでいいの?」
「え? 何が?」
「彼氏が他に女作って、しかもそれがアナタ抱けないから、なんて理由ってのはどうかと思うわ」
 真剣な表情で言われ、リョーマ、目が点である。
「い、いや、それは……ないと思うけど」
 何しろ、相手は自分である。
 こんな身体抱きたがる男、それも学校一のアイドル男が、なんて信じられない。
「いいえ。それ以外に考えられないわ」
「せやでー」
「だって! 俺中学生だもん! まだまだお子様だもん!」
 可愛らしく言ってみるが、白い目で見られる。しかしめげないリョーマ。
「こ、怖いもん!」
「嘘をつかないで頂戴。アナタがベッドの上で怯えるなんて想像もつかないわよ」
「そんなこと言う草さんもどうかと思うで」
「Mさんは黙ってて! いい、リョーマ! アナタどうせアレでしょ! 男の生理現象というか欲望とか全く持って考えたことないでしょう!」
 忍足とリョーマはヒートアップする草子を見て、逆にそんなことを考える中学生ってどうだ、と思ったわけなのだが、賢明にも二人は突っ込みを入れることはしなかった。
「男ってのは基本的にヤれればいいのよ。そういう存在なの。だからこそ身体というカードを如何に上手く使って相手をこっちの奴隷にするか、ここで決まるのよ!」
 今、草子の口から恐ろしい言葉がほとばしった。
 ど、奴隷?
「如何に焦らし、しかし焦らしすぎて暴走されても面倒だから、タイミングは大事ね。そのポイントで身体を差し出してこそ、事はなるのよ」
 うん、と満足げに頷く草子に、リョーマと忍足は魂が抜けかけていた。
 SだSだとは思っていたが、よもやまさかここまでとは、というのが二人の心からの気持ちである。
「じゃあ、詳しくどうやればいい奴隷が出来るか教えてあげるわ!」
 意気揚々と話し出す草子を、二人は止める術を持たなかった。



 ちなみに、その間ずっと廊下は通行止めとなっていたのは言うまでもない。勿論、通ろうとした生徒はその場所から放たれる無駄に毒々しいパープルオーラに、逃げ出すほかなかったのである。











■予定と違う方向に流れ始めた。軌道修正出来るんだろうか。まぁいいや。