必要な時に限って見当たらない。それが近藤草子という女である。
 高校二年生の忍足侑士M先輩よりも大人な彼女は、今日も今日とて、どこかへ消えているようだった。
 お昼時になっても帰って来ない草子。彼女の弁当も鞄も机に置き去りである。
 その前の授業も前の前の授業も姿が見えなかったので、大方サボりだろう。しかも寝てしまって授業が終わったことにすら気付いていないと見える。

「………お迎えですか」

 思わず憂鬱な呟きが漏れてしまうのも仕方ない話だった。













 〜彼と彼女の恋愛事情その6〜

『 真相 』















 てけてけと歩く自分の後ろをついてくるのは、忍足侑士、いや、M先輩である。
 なぜだろう。なぜ、こういう状況になってしまっているのだろう。非常に不思議である。
「つか、先輩、なんでいるんスか?」
「いややわ、今更」
「………まぁそうですけど…」
 おばちゃん口調で、手の振りまでつけて言うM氏に非常に疲れを感じるリョーマ。やはり一人でこの男に対抗するのは些か不安がある。どうしても草子が必要な時だった。
「やって、草さん探しとんのやろ? やっぱご飯はいつものメンバーやないとあかんし」

 いつものメンバー!?

「俺とリョーマっちと草さん。お決まりやん!」
 なぜこんなに仲いい感じなのかが、今更ながらにわからないリョーマ。ちなみに、侑士と仲良くなるに連れて、リョーマっち、草さんという呼び方に変化した。特に何をした覚えも無いが、彼なりの親愛の証だろう。高校二年生と中学三年生という歳の離れたグループ、それも男女混合というわけのわからない状況だが、仲がいいのは確かだった。

 そんな風に言い合いをしながら屋上への道を歩いていた時だった。

 隣にいた侑士が目を見開いて絶句した。

 何事だ、と思いつつ侑士の視線を探せば、中庭のベンチに跡部景吾と女の姿。それも仲良く弁当を食べている。注意深く見やれば、その弁当は手作りのようだった。
「ワオ」
 思わず呟いてリョーマはその二人が良く見える位置に移動する。勿論隣に居た侑士の手を掴んで。
「りょ、リョーマっち、これな」
「しっ、黙って」
 口元に人差し指をあて、黙らせるように指示をするリョーマ。これではどちらが先輩かわからない。
 そもそも、なぜ侑士が焦っているのかがわからなかった。たかが友達の浮気である。大した問題ではないではないか。
 その、友達の彼女が自分であるということを忘れて、リョーマはそんなことを思っていた。
「うわぁ、美人。しかも弁当美味しそうだし。アレ、俺も欲しいなぁ」
 思わず呟いてしまい、侑士の時を止める。
「んー…あーゆう美男美女のカップルって、見てて和むなぁ」
 しみじみ言って、リョーマはふぅ、と感嘆のため息を洩らす。その頃には現実世界に復帰を果たした侑士が、額に手を当てふるふると頭を振っていた。
「あかん。お前らに俺の理想を押し付けたらあかんいうのは分かってんねやけど! せやけどなんやねんそのどうでもよさげな感じ! もっと焦るもんやん普通!」
「いや、だって、好きにすればいいじゃないっスか」
「カップルっちゅうのはもっとお互いを束縛しつつでも自由みたいなこう、甘く酸っぱく時には辛くみたいな、あーもう分かれや!」
「ああ。そういえば、俺って景吾と付き合ってたんでしたっけ」
 ポン、とか手を叩いて言えば、侑士がプルプルと震えだす。別におちょくっているつもりはないが、何でこの人はこうも面白いのだろうかと笑いそうになるリョーマがそこにはいた。
「あら、そんなところで何してるの、リョーマにMさん」
「あ、草子」
 唯一、忍足侑士相手にMと面と向かっていえる草子が、悠然とこちらへ歩いてきた。どうやら案の定屋上にて寝ていたらしい。欠伸をしている。
「って、リョーマの彼氏じゃない。そして隣にいるのは新しい彼女と見た」
 ふっふ、と笑いながら草子。意外と情報が早い草子のことだから、結構前に掴んでいたに違いない。
 しかし、これで全ての謎は解けた。恐らく、教室での彼女達のあの同情は、これに端を発している。
 それというのも、リョーマが付き合い始めた当初、景吾には他の彼女がおらず、そしてしばらくの間も他の彼女が全くといっていいほど出来なかったからだ。だからこそ、羨ましがられ妙に注目されていたわけだが、ここへきて、新たな彼女の登場。思わず、同情してリョーマに話しかけてしまった教室の彼女達の気持ちがわかった気がした。
 とはいえ、同情されるほどの悲しみをリョーマは感じていないのだが。
 だって、別に景吾が好きなわけでもないし。
 むしろ友達が一番しっくりくるんじゃないかと思えるような関係なのだから。

「詳しいこと知りたい?」
 好奇心に目をキラキラさせた草子が聞いてくる。この場合の好奇心とは、それを知ったリョーマがどうするのかということに対してだろうが、生憎とリョーマはそれを聞いたとて何を思うわけでもない。
「や、別に」
「教えてやっ!」
 クールに答えたリョーマとは裏腹に、侑士、挙手をしての返答。
 向日岳人というオカッパの騒がしいガキとダブルスを組んでいるという話を聞き、どうしてこうも大人っぽい人がと思ったものだが、これを見れば頷ける。外見が大人だろうと、中身が中身だったのだ。
「…………相変わらず、MさんはMさんなのね」
 ハァ、とため息を吐く草子に、リョーマも疲れたような表情で頷く。
「ええやん。人間素直が一番やで」
 あっけらかんと答える侑士に、今更ながら、どうしてこんな三人組が出来てしまったのかと思ってしまうリョーマであった。








■トリオ化。もうデフォでお願いします。だってこの三人楽しいんだもの。