そういえば、と口にしたのは隣に居た草子である。
 リョーマは口の中いっぱいにパンを頬張りつつ首を傾げた。

「結局、あの後一緒に帰ったの?」

 朝からこっち、一度も話題に上らなかった例の件についてである。全くその話が出ないので、もう忘れたものかと思っていたリョーマだったが、やはり忘れてくれるはずもなかった。そりゃそうである。もしも自分が彼女の立場でも、忘れられるはずも無いであろう。何しろ相手が相手。あの、跡部景吾なのだから。
「一応帰ったけど…」
「どうだった? やっぱりお車なの?」
 やはり、跡部景吾といえばお車登下校。例に漏れず、やはり草子も気になる点は同じなようだった。
 なので、リョーマはそんな草子に自分と同じ衝撃を与えるべく、厳かに口を開いた。

「実は彼女有りだと徒歩帰宅」

 あの跡部景吾が歩きながら彼女と帰宅、何度思い返してみても驚きの事実である。
 ちなみに隣の草子は箸を持ったまま固まっている。
 今の今まで、あの人の帰宅風景など、噂だけで拝んだことも無い二人。リョーマが景吾の彼女に納まったりしなければ、そのような事実を知らなかったに違いない。そしてつまりは、それだけ、跡部景吾といえばお車登下校、つまりは半端ない金持ちで「歩き? ハッ! ふざけんじゃねぇよ!」みたいなタイプだと思われているということなのである。
「驚きね。本当に心から驚きだわ! でもそれって意外と彼女を大事にするタイプってことなのかしら?」
「いや、車に乗せる価値すら見出せないって思ってる可能性も」
「………ああ、それは有り得るわ」
 ええ、とこっくり首を縦に振って肯定の意を示す草子。リョーマの友達をやってるだけあって、跡部景吾を冷静かつ客観的に見ていられる存在なのである。勿論、草子も彼の顔の良さに関しては認めてはいるが、だからといって周りの生徒と同じように騒げるほど愛を捧げてもいない。
 こんな話を他の誰かにしたならば「反逆罪よ!」とか言われそうである。否、少し言いすぎかもしれないが、確実に、あの、跡部景吾の悪口を言ったと陰口を叩かれることは間違いない。
 そんな、跡部景吾の彼女。
 今更ながらにリョーマは非常に憂鬱な気分になった。


















 〜彼と彼女の恋愛事情その4〜

『 友達関係 』


















 そんなワケで、その後もずっとリョーマは跡部景吾、改め景吾と帰宅を一緒にすることになった。
 非常に不本意ではあるが、景吾との会話はとても楽しいのである。弾んじゃうのである。何しろ、お互い大がつくほどのテニス馬鹿。テニスの話題に火がつけば、どこまでだって話していられるのだから仕方ない。勿論、話題はそれだけではない。意外と二人、性格に似た所があるらしく、感じる方向性が似ているのだ。そのため、話していて苦ではなかった。それは一緒に居る上でとても大きかったのだ。
 つまり、リョーマ的には悲しいが、この付き合いは非常に上手くいってしまっていた。誰がどう見たって、お付き合いしているカップル然としてしまっていたのである。
 とりあえずは、プラトニックだが。その点は強調しておきたいリョーマである。
 キスすらしていない。これはあの跡部景吾の付き合いからするとそれはそれは驚きの状況らしいが(忍足侑士曰く)、生憎とリョーマ的にはそれも当たり前のように感じていた。何しろ、今現在の二人は、単なる帰宅友達である。周りが彼氏彼女と見ていようが、帰っている本人、つまりリョーマ的には、帰宅友達以外の何物でもないのだ。
 この関係のままでいられるのならば、これはこれでいいなぁ、と思わず思うリョーマである。
 そして、そんな二人の関係を微笑ましく歓迎する近藤草子に対し、納得がいかないのは忍足侑士だった。
「ちゃうやろ! カップルっちゅうのはそんなんちゃう!」
 なぜか中等部のリョーマ達のクラスに居座っている侑士が叫べば、リョーマは明後日の方向を見やり、草子は些か辟易した様子で息を吐いた。
 毎日の帰宅によって、景吾とリョーマの関係が知れ渡ることとなった結果、なぜかもれなく忍足侑士と友情を築くというオプションがついてきてしまったのである。ちなみに、跡部景吾の女性関係に対する嫉妬による虐め等は「景吾親衛隊」により皆無となっている。跡部景吾の品格を落とす行為を周りの人間がしてはならないという信条の元、活動している親衛隊である。ファンによる虐めなんて許すはずも無い。
 そして、侑士と友情を築いた結果、草子的侑士像――つまりは翳りある表情の侑士先輩というヤツである――はガラガラと崩れ、地に落ち、氷帝には碌な男が居ないという結論を草子に導き出させてしまったわけであるが、これはまた別の話だ。
「参考までに、忍足先輩の目指すカップルってどんなんすか?」
 非常に面倒そうにリョーマが聞けば、そんな面倒くさそうな表情などものともせずに、嬉々として忍足は話し出した。
「手を繋ぎつつ帰宅でな」
 その言葉だけで既に嫌そうなリョーマである。嫌そうな顔を隠そうともせずに一応は続きを聞く。
「たまに見つめあったりなんかしとったらええね!最高やね!」
 どんなバカップルだよ、と心の中で突っ込みを入れるリョーマと草子。
「んで、ま、帰宅最後のチューは外せんな! これは絶対やっ!」
 ビシィ、とか人差し指一本立てて、超真剣な忍足侑士先輩様である。
 思わず全力で顔を逸らすリョーマがそこにはいた。勿論草子も同様である。
 中学三年生のリョーマと草子でも、それがアホっぽいことは理解出来るのである(当たり前であるが)。それを高校二年生の男子生徒(美形)が吐いただなんて、どれだけの衝撃的事態かという話だ。
 というか、どこの乙女だ。
「………ご愁傷様デス」
 とりあえず、リョーマから言えるのはその一言だけだった。
「なんやねん! ちょ! どういうことなんそれ!」
「頭打っちゃったんですよね? そうなんですよね?」
 イイ笑顔で尋ねるのは草子である。仮にも先輩にかなり手厳しい一言だが、理想を砕かれたのだからこれくらい許されるだろう、と一方的に草子は思っていたりする。
「二人してひどすぎや! なんやねんお兄さんいじめは格好悪いで!」
「いじめられちゃうお兄さんもどうかと」
「そもそも忍足先輩は、なんでこうもいじられに後輩の教室まで来るんスか?」
 そこへきて、忍足侑士、ハタッと止まる。
「………なんでやろな。なんか居心地ええねん、ここ。今までの跡部の歴代彼女のとこなんて居づらかったんやでぇ! そこに比べたら天国やわ」
 その発言を受け、リョーマと草子は無言で頷きあった。

 この人、Mだ。

 MだM。

 寸分違わずお互いの言いたいことを察知する。
 というか言いたいことなど一つだった。
 先輩後輩なんて関係なかった。
 そこにいるのは、ちょっと美形過ぎる馬鹿なのだ。
 にまぁっと笑う二人とは裏腹に、未だ現状を不思議がる忍足侑士がそこにはあった。

 ちなみに、そんなリョーマと草子のクラスの生徒達は、三人の様子(主に忍足侑士)を生暖かく見つめていた。
 勿論、クラスの総意として、忍足侑士=M先輩で確定なのは言うまでもなく。












■景吾出てこねぇ…! つかなぜか忍足がMに。こんなつもりじゃ……。