彼女がいっぱいいる男。
 それが、跡部景吾だった。
 誰が聞いたってその言葉で彼を指し示せるくらい、跡部景吾イコール格好いい男であって、プラス遊び人でもあった。

 そして、先に名誉のためにも言っておくのだけれど、そんな跡部景吾に惚れたわけではないのに、なぜか付き合うことになってしまったのが、彼女、越前リョーマなのである。
 越前リョーマは氷帝学園に通っている。勿論、件の跡部景吾も同じく氷帝学園に通っている。とはいえ、跡部が高校生であるのに対し、リョーマは中学三年生という違いもある。だから二人が付き合うことなんて有り得なさそうなのだが、しかし、氷帝学園は中等部と高等部が同じ敷地内、同じ校舎内に存在していた。そのために、中学生と高校生の違いなんてあって無きが如しだったのである。
 つまり、条件は整っていた、ということになる。
 跡部景吾と越前リョーマが付き合うことになる、その始まりの条件が。













〜彼と彼女の恋愛事情その1〜

『 それが全ての始まりだった 』 















 それは、リョーマが中庭へとやってきた時のことの話だ。
 先客がいたのである。
 時間的に、二限目と三限目の中間の休みということで、時間的にも余裕がなく人はいないはず、という考えでリョーマは中庭へと行ったのだが、生憎といる時はいるらしい。
 中庭に存在する大きな木の上で次の授業をサボろうとか思っていたリョーマは、少しガッカリした。
 これでは、迂闊なことは出来やしない。
 しかし、もしかしたら今帰るところかもしれない。だから動向がわかるようにも、とりあえずはその人の近くまで行ってみよう。そんなことをリョーマは考えた。
 けれど、これが全ての間違いだったのである。
 何も知らぬリョーマは一歩を踏み出した。

 てけてけと歩くうち、その人物が誰かわかったリョーマは少しだけ驚いた。
 跡部景吾だった。
 あの、超有名人の跡部景吾である。
 心の中で「ワオ」とか呟いた後、何してるんだろうこんな所で、と首を傾げた。基本的に肩書きのいっぱい有る男である跡部景吾。だからこそ、こんな時間にこんなところにいるような人ではないはずなのだが、なぜかそこにいる。一体全体、何の用なのか。リョーマは心底から不思議に思いながらも足を止めることなく、近づいていった。

「越前リョーマ、か?」

 なぜか名前を呼ばれた。
 まさか、名前を呼ばれるとは思ってもいないリョーマは、足を止め、慌てたように「そうだけど」と答えた。もう反射である。別に名乗る必要性もなかったのに、聞かれたことに驚いて答えてしまったのだ。
 それにしても、名前を覚えられているとは思わなかったものである。しかし相手が跡部景吾である時点で、全校生徒の名前と顔を一致させて覚えているくらい当たり前そうなので、その辺は納得させようと思えばさせられる。さすが、跡部景吾は違うなぁ、なんてふんふん頷いていたリョーマであるが、その次の言葉で、真っ白になった。

「いいぜ、お前、今日から俺の女な」

 全くもって不可思議でワケのわからない言葉を残し、跡部景吾は去っていった。
 呆然としてしまったリョーマは、しばしその場に立ち尽くし、今の言葉を反芻してみるしかなかった。
「いいぜ?」
 何が、どう、いいぜ、なのだろう。
「お前」
 お前ってつまりは自分、越前リョーマのことだ。そう、それはわかる。
「今日から俺の女な?」
 呟いてリョーマは黙り込んだ。
 俺の女、ってつまりはアレだろうか。
 彼女とか彼女とか恋人とか恋人とか。

「………ええ?」

 あまりにも現実的じゃなさすぎて、リョーマは今の状況を受け入れられなかった。当たり前の話だが。
 だって、ただ単に授業サボりに来たら、跡部景吾がいて、奴の意味不明の言葉を投げられ、そして恋人に?

「…………えええ?」

 非常に理解し難い状況である。
 なぜこんなことが起こってしまったのだろう。何だ、この状況は。
 頭が未だこんがらがったリョーマは、何の気なしに後ろを振り向き、そして見てしまった。
 慌てたように少女が走ってくるのを。
 こちらを見、キョロキョロと周りを見渡し、ガッカリしたように肩を落とすのを。
 そのままとぼとぼと少女が中庭から立ち去るのを。
 その少女は非常に残念そうな様子であった。一体、何が残念だったのであろうか。

「ま、待て待て待て待て待て!」

 いなくなった少女を見、我に返ったリョーマは叫んだ。
 今、慌てて走ってきた少女は、ここへ来て、自分以外の誰もいないことにガッカリして去っていった。
 そう、今リョーマが確認出来たのはソレである。
 考えてみよう。
 まさかとは思うが、彼女は跡部景吾にラブレターを書き、しかも最悪なことに差出人名を書かなかったなんてことはないだろうか。
 しかも、間の悪いことに、彼女が来るべき場所に、自分が先に来ちゃったなんてことはないだろうか。
 ついでにいえば、跡部景吾、奴、勘違いしちゃったなんてことはないだろうか。

「………いいぜ、お前、今日から俺の女な………」

 先ほどの言葉を呟いてみる。
 噛み砕くまでも無く、その言葉が指し示す答えは。

「………か、勘違いで俺、彼女……?」

 しかも、あの遊び人跡部景吾の?
 最も、この場合は彼女という肩書きを使うかすらも危うい存在だが。

「あ、あ、ありえないしっ!?」

 ヒィ、と頭を抱えるリョーマ。
 しかし、答えは一つなのである。