「最近……眠れないんだよね……」
と、自分の恋人が菊丸英二に洩らしているのをリョーマは偶然にも聞くこととなった。
さて、自分は不思議なことを聞いたな、とリョーマは思う。
何しろ、自分を抱きしめて眠るその人は、とてもとても熟睡していたように思えるのだ。
まぁ毎日そう一緒に眠ったりは出来ないが、その時は確実にぐっすり眠っていて。いつもその綺麗な顔に勝手に触ったりしていたのだけれど。
「…………へー…不眠症なんだ不二……」
そんな人が眠れない?
これはおかしなことを聞いた、とリョーマは一人眉を顰めた。
眠れぬ夜の特効薬
そんなワケで、現在リョーマは寝具を取り扱う店にいた。
「周助が……好きそうな枕……」
誕生日プレゼントとして恋人である不二周助に、リョーマは不眠症改善のための枕をプレゼントしようと思いついたのだ。
けれど───
「…………何が好みそうなんだろ……」
さっぱりといっていいほど、どれを選んでよいのか分からない。
あの、不二周助が、何を好むのか。
あっさりした白いカバーのついた枕も、物凄く寝心地良さそうだし、安眠と大きく書かれた、形のいびつな枕も、確かに題された通り、眠れそうな雰囲気を醸し出している。
「…………どーしよー…」
ウロウロ歩く美少女、に店員には見えたらしく、『何をお探しですか、お嬢さん』などと、すこぶる馴れ馴れしく言われたりもして。
結局、リョーマは何も買えずに家へと帰ってしまった。
そして自宅で、またしても考え込むこととなる。
「…………せっかくコレって思ったのに…」
買えなかったなんて話にもならない。けれど、どれもこれも確かに良さそうなものではあるけれど、ピンとこないのも事実。
「あー…よく眠れる枕…か…」
ふと自室の枕を見つめて、リョーマはぽんと手を打った。
「お誕生日おめでとう」
ぎゅ、と押し付けたソレを受け取って、周助はそれは綺麗な笑みを浮かべた。
「有難う。開けてもいいかな?」
「ん、いーよ」
「早速開けさせてもらうね?」
シンプルな袋の口を縛ってあるリボンをほどいて、周助がキョトンとした顔になる。
「………枕?」
「そう、枕」
取り出して、またも不思議そうな顔をする周助に、にっこり笑ってリョーマは言った。
「アンタが眠れないとか言ってるの聞いたから、さ。
んで、買おうと店行ったんだけど、どれもこれもピンとこなくて。
だから、俺の枕あげるよ。よく眠れるよ? だって俺がよく眠れるから」
「リョーマの…枕なの?」
「そう。別にお金かけたくないとか、そういうコトじゃないからね?
だって…それが一番、俺が身を持ってよく眠れるって証明した、ちゃんとした安眠まくらなんだもん」
リョーマの言葉に、周助は吹き出した。
「有難う…ホントに嬉しいよ。僕のこと、ちゃんと考えて、コレ用意してくれたんでしょう?
それに、リョーマが言ったのとは違う理由だけれど、多分コレを貰ったおかげで、これから不眠症に悩まされずにすみそうだよ」
「どういう意味?」
「まぁあんまり気にしなくていいよ。あ、今日は一緒にいられるんだよね?」
「お誕生日だからね」
「それは嬉しい」
微笑む周助にリョーマも微笑んだ。
「ねぇねぇ…なんであの枕だったら眠れるの?」
周助に抱きしめられながら、リョーマが気になっていたのか口を開いた。
「………そんなに気になる?」
「気になる」
「………僕がどうして眠れないのかって考えれば、おのずと答えは見えてくると思うけれど?」
「………周助が眠れない理由……?」
眠れない、理由。
そんなもの、その人じゃないのに分かるわけがない。
と思う。
だけれど、自分を見つめる周助は、ひどく面白そうにしていて。
「…………分からない?」
クス、と微笑む周助。
そもそも本当に不眠症なのかと疑いたくなってくる。いつも一緒に寝てる時はグッスリなのに。
………とそこまで考えて、おや、とリョーマは首をかしげた。
まさか、と思って周助を見れば、相変わらずの微笑。
「………ねぇ、まさかと思うけど……俺がいないからとか言わないよね?」
自分でも物凄いセリフだなと思いつつ、でも、きっとコレが正解なんだなと心の底で確信しながらリョーマは呟いた。
そして周助が満面の笑みを浮かべる。
「当たり」
はぁと一つため息をつくとリョーマは苦笑した。
「………それはさ、どうなの?」
「リョーマの柔らかい身体抱きしめて寝るのに慣れちゃったせいで、リョーマがいないと寝れない身体になったんだよね…。一度味わっちゃうと抜け出せないものって多いと思うけれど、これほどきついのも他にないと思うよ?」
「………まさか…あの枕抱きしめて寝る気?」
「いや、普通に枕として使うよ。リョーマの匂いがするんだし、それで気を紛らわすつもり」
「……ん…そうして。それに、俺もさすがに毎日周助ん家に泊まりに来るわけにもいかないしね」
「僕は構わないけれど?」
「俺が構う。まぁともかく、今日は俺がいるんだし、ゆっくり寝てよ、頼むから」
「いや、睡眠欲と性欲なら性欲を優先させるのが男だと思うんだよね」
「…………むしろ睡眠欲を優先サセテクダサイ」
「健康的な男として、好きな子前にして睡眠欲選ぶのはいけないことだよ」
「いけなくないよ…いけなくないって…」
疲れたように呟くリョーマに、不埒な動きを見せる周助の手。
「リョーマは、僕の誕生日を祝うためにここに来てるんだよね…?」
あぁ、それこそはリョーマの身を雁字搦めにしてしまう魔の言葉。
「………………ハイ」
抵抗するのをやめたリョーマの身体に、嬉々として愛撫を施していく周助。
夜はこれからだった。
「そーいや不二〜! 不眠症とか言ってたけど大丈夫なん?」
「あぁ英二、この通り元気だよ」
「なんだ、不眠症治ったんだ、よかったにゃー」
「うん。リョーマが週五で泊まりに来てくれるって、誕生日に約束してくれたからね。
それに来れなくても、リョーマの枕があるし」
にこにこ笑う周助に、英二がカチンと固まる。
「しゅ…週五で泊まり……?」
「そう、週五」
「…………冗談…っしょ?」
「いや、真面目に言ってるんだけれど」
「だって学校!」
「別に僕の家から通えばいいだけの話でしょう? 遅刻せずに学校に通わせますって言ったら、リョーマのお母様にとても喜ばれたよ」
「それもおかしいけど…何よりも…週五って…何事…」
「おかげで、充実した生活が送れてるんだ」
「……………乱れた生活の間違い…だろ……」
「一日三回までって、言われてるんだけどね…難しいんだよねぇ」
「…………だから最近おちびの様子がお疲れモードなのか………」
「リョーマがあまりにも可愛いのがいけないと思うんだよね…」
「………………くっ……おちび……!!」
思わず涙ぐむ英二に、周助がにこやかに言い放った。
「僕の健やかな眠りのために、何でもするって言ったのは、誰でもないリョーマ自身だからねぇ」
勿論、セックスの最中に、焦らしながら言わせたんだけどね。と飄々と付け加える不二周助。
「……………悪魔だ………!」
「嫌だなぁ、心外だよ」
「……………魔王だ………!」
「まぁ響きがいいから受け取っておこうかな」
全然応えない自他共に認める魔王不二周助。
そのバースデイは、確実に、リョーマを完全に手中に収めるまで有益に使われるんだろう、と菊丸英二は涙ながらに思ったのだった。
END