【腹が立ったから実家に帰る。  リョーマ】

その簡潔かつ理解しやすい手紙を片手に、跡部景吾は肩を震わせた。何に対して怒りを覚えているのかも、その時の景吾には理解出来なかったに違いない。
そうして、心底から叫んだ。

「執事テメェなんで止めねぇんだ!!!」










【 喧嘩の原因 】










時として、怒りは思いもよらぬ行動を起こさせるものである。
もっとも、夫婦喧嘩の行動としては、それはとっても有りがちなものだが。

曰く、実家に帰宅。

嫁入りした妻としては、これ以上無いくらいの方法である。夫に対し、怒ってるんだぞテメェと思い知らせるという意味で。
そんなワケで、跡部景吾は現在思い知らされている最中なのだった。妻であるリョーマがそりゃもう怒ってるらしいなということを。

「普通止めるだろ!」
「これは景吾様、無茶を言われる」
「何が無茶だ何が!」
「私どもがリョーマ様を止めるなどと…出来るはずがございません。あの方に逆らうことは、奥様に逆らうも同然」
「それでも止めるのが執事の仕事だろ!」
「無茶でございます」

言い張る執事と詰め寄る景吾と。
正直な話、リョーマを止めることが至難の業であることは理解出来なくもないことだった。というのも、アレのバックには、景吾の母親がついている。大のお気に入りと言って憚らない景吾の母親とそのお気に入りにされたリョーマ。おかげで、リョーマのご機嫌を損ねるすなわち跡部家にいられないとまで言われている。
……とはいえ、リョーマが機嫌を損ねるのは全てが全て景吾絡みな上、理不尽なことを跡部家の使用人に強いるわけでもないので、リョーマは跡部家全てに愛されていると言っても過言ではないのだが。

「止められねぇんじゃなくて止めなかったんじゃねぇのか」
「………どうでしょうな」
「どうでしょうなじゃねぇ。完全に自分の意思で止めなかったんだろ」
「そのようにも受け取れます」

飄々とした執事に、怒りに沸騰しそうな頭を冷やそうと眉頭を揉み解す景吾。そして、いつも通りの笑みを浮かべて頷いた。

「じゃ、俺はそう受け取る。大体お前らリョーマに甘すぎんだよ」
「景吾様が辛すぎるのではないかと」
「夫婦仲が辛くてどうすんだ!」

結局クールダウンは持続しなかった。

「俺のどこが辛いんだよ! そもそも今回のことの始まりは仕事で忙しくてリョーマの試合の相手出来なかったっつうただそれだけのことだぞ!」
「存じませんなぁ」
「テメェいい加減にしろよ!」
「私に言われましても。
私はそのような夫婦喧嘩の原因は知りませんが、リョーマ様が大層お怒りの上、離婚届は受理するからとおっしゃってたのを耳にしただけでございます」
「なんでんなことで離婚なんだ………何考えてんだリョーマ……」
「お怒りになったご婦人は何をなさるか分かりません」
「切れた婦人がっつうよりは切れたリョーマが何しでかすか分からねぇ」

しみじみと呟いてから景吾はとりあえず執事に呟いた。

「何か他には言ってなかったか」
「一日丸ごと試合に付き合ってくれるのならば色々と考えてあげても構わないとのことです」
「……………そのためだけに実家に帰るかアイツ……」
「何とかスケジュールを切り詰めさせましょう」
「頼む。両親に頼まれた接待とかは全部切り捨てて構わねぇ。そうすりゃ二、三日は空くだろ。
ったく……ここ一ヶ月忙しく会社の手伝いやってやったんだからそれくらいは譲歩しろっつんだ。俺の仕事は別にあるっつうのによ」
「存じております。元より、奥様は後々景吾様に全てを継いでいただこうとお思いでおられますので、こういった、景吾様の顔見せは必要なことといえば必要なことなのでございます」
「それは知ってる。とはいえ、俺だけがリョーマに嫌われるのは割りに合わねぇだろ。
だから頼んだ。俺はこれからリョーマを迎えに行ってくる」

跡部の屋敷へ帰ってきたその姿のまま、景吾は玄関へ取って返した。
執事が笑顔で答える。

「いってらっしゃいませ」










後日。
本当に二、三日の休日をもぎ取った景吾と、そして嬉しそうなリョーマとが奏でるテニスコート上での激しいラリーを、にこやかに執事が見守っていたりした。











END


■跡リョに20のお題より 18「テニス」