ヘヴィーな戦い













「………あ」

バチンと小気味いい音が聞こえるかと思った瞬間、リョーマの腕は案の定というか景吾の腕に捕らえられていた。思わず舌打ちしたくなってしまうリョーマだった。

「何のつもりだ」

何のつもりも何も、暇つぶし以外に理由はない。
こんなにも暑いこの日差しの中、なぜか涼しげにしている景吾が気に食わなくてやったとも言える。その頬に平手打ちしたら──正直殴ってやろうかとも思ったのだがあまりにもアレかと思い止めておいた──絶対に気が晴れるだろうと思ったのだ。
けれど、意外と早い景吾の察知能力。というよりもこの場合はリョーマの悪巧みをインサイトで暴いたの方が的確かもしれない。まぁそれにより、景吾は自分の頬が受けるダメージを回避したのだった。
実に憎らしい。涼しげなその顔が更に憎らしい。

「なんでアンタはそんなにも涼しげなのかと問いたい」
「あ? 暑いに決まってんだろ」
「嘘だ、暑そうには全然見えない! これでもかってくらい、俺には暑さなんて関係ねぇぜって顔してる理由を教えて欲しいもんだね」
「あのなぁ、体感温度は俺も一緒だ。くだらねぇこと言ってんな」
「絶対嘘だね……それに、喋ったら暑くなった。景吾のせいだよこれ」
「発端はお前だろ」

思わず目が泳ぐリョーマ。ふと、気付いたかのように目を煌めかせた。

「…………ああ! ここはむしろ、跡部家ともあろうものが、室内テニスコートくらい作らないでどうするって話だ! そうに違いない景吾!」

何がどう違いないのかとかいう問題はこの際却下で。
リョーマはとりあえず、この暑さと妙な空気から逃れられるのならば何でも良くなっていた。責任転嫁くらいなんてこともなかった。それが引き起こす事態は後回しとして。

「…………ほぉ」

ニヤリと景吾が笑う。

「奥様の望みは旦那が叶えてやらねぇといけねぇんだよなこの場合は」

呟く景吾に、いつの間にやら現れたのか執事が頷いた。

「左様でございます」

左様? 何がどう左様?とはリョーマは聞けなかった。気付けばなぜか景吾が後ろにいたせいで。

「テニスコートはこれより改装。リョーマの願い通りに室内テニスコートに変えろ」
「かしこまりました」

頷いて頭を下げた執事は早速とばかり携帯で指示を出し始める。それを呆然と見つめつつ、リョーマは背後から聞こえる景吾の声に固まらざるをえなかった。

「で、テニスが出来ねぇワケだから、リョーマは暇を持て余すわけだよな。
お前昨日言ってたよな? テニス終わったら幾らでも付き合ってやるってよ?」

そう、リョーマは思い出したのだ。
前日、どこまでも自分を離そうとしない景吾に、明日テニスに付き合った後なら、幾らでもそれこそ何回でも付き合ってあげるから今日はもう寝かせろ、と。明日は明日でテニスで疲れたからと言って逃れられるだろうからと甘い考えの下。
それが、自らテニスを中断させ、疲れてるなんて言い訳は当然通用しようはずがない今の状況。

「中断したとはいえ、テニスに付き合ってやったのは確かだし、何より俺はお前の望みをただ叶えてやっただけだからな? 分からないリョーマじゃねぇだろ?」

何より、景吾がそんなことで引き下がらないということをわかっているリョーマだ。

「昨日はクソ中途半端で止められたからなぁ? 今日は幾らでも付き合ってくれんだろ?」

ニヤニヤ笑う景吾がこの上なく憎たらしい。逃げ出そうにも腕を掴まれて逃げ出せないし、何よりこの屋敷で逃げ込める場所などそうはない。その前に誰かに捕まるに決まっている。

「………………ま、朝日拝むのも悪くねぇだろ」
「待って景吾待って。誰と誰が朝日拝むの少なくとも俺は寝るよむしろ絶対失神してるし」
「起こせばいいじゃねぇか」
「きつっ! 寝かせとくでしょそこは! 優しい旦那になろうよ景吾!」
「……………ハッ」

馬鹿にしたように笑いやがった……。なんて憎らしい。

「じゃ、行くぞ寝室」
「即行なんて嫌! 俺の意思を無視してなんて景吾は悪魔なの!?」
「テメェか弱い女ぶって逃げようったってそうはいかねぇからな」

頼りなさげに涙交じりの声を出してみたが敢え無く失敗。というか、やはり俺とか言っちゃったらまずかっただろうか。ここは一つむず痒いのを押さえてでも私なんて言ってみるべきだったかもしれない。

「ま、頑張って逃げ出そうとしてみろよ。その間に俺は服脱がせてやるからよ」

いつの間にやら抱き上げられ、どう考えても寝室に向かっている景吾から放たれた嫌な言葉。

「景吾のバカ!!」

思わず罵れば濃厚なキスが降りてきた。
勝ち目のない戦いだと分かっていながら、明日の腰の重さを考えれば戦わざるを得ないリョーマと。そしてその抵抗を実は楽しんでたりする景吾。





夫婦の争い──主に夜ネタ──は、実は跡部の使用人たちの間で賭けの対象だったりするが、知らぬは当人ばかりである。










END




■跡リョに20のお題より 15「Heavy」