【深夜のお遊戯】













「……………真っ暗だ」



 人生が、ではない。
 部屋が、である。

 現在、リョーマは驚きと共に呆然と部屋に立ち尽くしていた。
 見渡せど闇。光などどこにも存在しない。手元に在る携帯電話の画面の光を照らせば周りが見えるとは思うのだが、今現在、携帯電話は正規の使い方をするべき時であった。即ち、電話をかける時、である。
 とりあえず、リョーマは携帯で己の夫の番号を呼び出し、かけた。
 暗闇が恐ろしいわけではないが、しかし、リョーマは己の体が震えるのを止められそうになかった。
 数回のコールの後、景吾が電話に出た。
「………リョーマか」
 景吾の声が掠れていた。
 リョーマは、その景吾の声に縋るように声を出す。
「景吾っっっ!」
 あまりの事態に、リョーマは相手の名を呼ぶことしか出来ない。当たり前だ。現状はリョーマにとってあまりにも恐怖でしかない。
 しかし、その恐怖が見当違いのものである可能性も無いわけではない。ただ、リョーマが勝手に想像し、恐れているだけなのかもしれない。相手である景吾の掠れた声が、その可能性を事実であると教えているようなものでもあったが、しかしリョーマは自身の目で確認したかった。
 そのため、手探りで扉を探し、廊下へと出る。
 キィと扉の開く音と共に、リョーマは廊下を目にした。生憎と、部屋と同じく真っ暗で、廊下とは判断できなかったが。
 しかし、そのおかげで想像は確信へと変わる。
「…景吾、廊下も暗いよ」
 震える声で景吾へと話せば、景吾はそうかと一言だけ口にした。
「そっちは?」
「とりあえず真っ暗だ」
「………そう」
 景吾の居る場所も真っ暗ということは、やはり想像していたことはあっていたのであろう。
「あの女だな」
 景吾が大きなため息と共にそう吐き捨てた。
 それは、ある意味恐ろしい事実であったが、リョーマは認めるほか無かった。
「うん」
 自家発電設備が完備されている跡部邸での停電。それはつまり、自家発電設備を故意に切った上での行いであるともいえる。
 これがどこぞの誰かの襲撃とは考えられないくらいには、景吾もリョーマも自分の家の警備体制を知り尽くしていた。万に一つもありえないのである。何しろ、跡部邸は景吾ママが取り仕切っているのだから。
 そんな、景吾ママに取り仕切られている跡部邸での停電。
 結論は一つしか存在しない。
「何がしたいんだろう……」
 何らかが行われるのは確かである。目的も無くこんな大掛かりなことは始めるはずもない。
「そのうち放送でもかかるだろ」
「……ん」
「そもそも今が新年前だって忘れてた俺らが悪ィな」
「………あぁぁっ…」
 自らの失敗に気付いて、リョーマは悲痛な呻き声をあげた。









◆ ◆ ◆









 ピンポンパンポーン、と妙に軽快な呼び出し音が放送され始めたのは、それからあまり時間の経っていない時のことだった。

『突然ですが、跡部家の皆々様、もうしばらくしたら新年です。ニューイヤーです』

 景吾ママだった。
『本日という日を特別な日にしようと私は必死になって考え、考え抜きました。
 そして、決めました』
 間違いなく景吾ママの声だった。珍しくも丁寧な口調だから驚かされたが。
 景吾は勿論、リョーマだって景吾ママの声を聞き分けられないはずもない。
『面白ければいいじゃない?って』
 突然いつも通りの口調に戻った。そして言われた言葉が恐怖を誘う。
『そんなワケで、今後しばらく電波妨害するので、携帯は通じないからそのつもりで』
 何がどう「そんなワケ」なのかリョーマには分からなかった。そして、なぜ携帯を通じないようにするのかも。
 けれどそう、それはつまり景吾ママにとって面白いこと、なのだろう。だから電波妨害をして携帯を通じなくさせるのだ。面白くなければ景吾ママはそんなことはしない。彼女は、自分の欲望に忠実なのだから。
『まぁ、約二名ほど何が何だか分からないとか思ってるかもしれないけど、安心してダーリン。こういうゲームなの』
 誰に対して言ってるかは分かりきっている。自分と景吾の二人である。
 しかし、どう安心しろというのか。景吾ママの考えるゲームほど何が起こるか分からなく、そして悲惨な結末になるものはないというのに。
『それじゃルールを説明するわね。
 今私はある特別室にいるの。その特別室からは貴方達二人と、そしてご招待した約数名の方々の姿を監視カメラで確認できるようにしてあるわけ。最近色々屋敷内をいじってるの、気付いていたでしょう? あれはこれのためだったの』
 それはまた大掛かりなことをしてくれるものである。それにしても、招待した約数名の方々が誰なのか、とても気になる。
『それで、貴方達二人には、招待した人々から逃げつつ、お互いを探し当ててもらいたいなと思っているんだけど、出来るわよね?』
 出来て当然、という雰囲気が景吾ママの声からは感じられた。
 月明かりのみのこの暗闇の中、電話でやり取りも出来ない景吾を探す。これは結構大変である。しかも探索者達から逃れつつ、となると難易度はどーんとアップ。
「……面倒くさ」
 かなり真剣な本音が飛び出しつつ、リョーマは額に手を当てた。
『あ、そうそう。ご招待した方々には、捕まえた相手に何してもいいって言ってあるから』
「はぁっ!?」
 何してもいいって、そんな危険な。
『勿論、捕まった後に逃げ出すことも有りだからね、上手くやりなさいね二人とも』
 うふふ、とか笑みが聞こえ、リョーマはガックリと肩を落とした。
『それでは健闘を祈ってるわ!』
 張り切った様子の景吾ママの声に、リョーマは疲れた様子を隠せなかった。
 始まったばかりであるが、妙に疲労感がある。精神的疲労と呼ばれるものだが、実に辛い。そしてだるい。
 そんなわけで、こうして景吾ママによる、景吾ママのための楽しい遊びが始まったのである。









◆ ◆ ◆









「ま、とりあえずは…」
 無難に変装をしようとばかり、リョーマは部屋にあるであろうメイド服を探し始める。
 今現在、リョーマがいる部屋はリョーマのために作られた遊び部屋である。そして恐らく景吾は自室にいたはずだ。それも仕事部屋に。
 もっとも、危険を考えれば、すぐにも退室しているだろうことは分かる。リョーマだってすぐにもこの部屋から逃げたいところだが、このまま逃げ出してもすぐに捕まりそうな気がしてしょうがない。とりあえずは、変装せねばなるまい。
 そんなワケで、リョーマは部屋にあったメイド服に着替え、ついでにウィッグも被ってみた。これらは、随分前であるが、景吾ママから送られた変装グッズである。もしも景吾ママがこの遊びのことを考えた上で送っていたとしたら、いつもながら流石としか言いようがない。
「さ、逃げようっと」
 携帯をもって、そそくさと部屋を後にする。
 暗闇の中、携帯の明かりだけが頼りである。とはいえ、それは逆に、敵をおびき寄せてしまうことにもなりうるのだが。
「………どこ行けば景吾に会えるかな」
 ふぅ、と一つため息を吐いて、とりあえずリョーマは歩き出した。
 見渡せど暗闇。足音を立てないよう慎重に歩きながら、現在位置を頭の中に思い描く。
 跡部邸は基本的に物凄く広い。果てしなく広い。
 その広い屋敷の中で景吾を見つけ出す。それも真っ暗闇の中、敵から逃れつつというのは結構難易度高い。
 まず、景吾が立ち寄りそうなところを考えなくてはならない。
 景吾が元いた場所は、仕事部屋。もしくは自室。そして敵が真っ先に探しに行きそうな場所でもある。そのため、却下。
 ならば、景吾ならばまずどこへ行こうとするか。
「………キッチン行こうかな」
 そんな考えも重要だが、自分のお腹具合も重要だった。
 どうにもお腹が減っている。これでは考えもまとまるはずがない。
「近いし」
 呟きながら、リョーマはキッチンへと歩き出した。
 まずは、角で息を殺しつつ、様子を窺う。そして、誰の気配もしなければ、先へと進む。これの繰り返しである。勿論、ただ通路を歩くことにも気を使う。足音を立てるのは許されないし、息を乱すのも厳禁だ。
 そろりそろりと動きながら、リョーマはキッチンへと誰にも会わずに辿り着いた。
 ホッと息を吐く。キッチンには誰もいなかった。
「とりあえず、食べるもの食べるもの…」
 軽くつまめる程度の何かでいいのだ。腹に入れば。
 大きな冷蔵庫を開けて、中身を物色していると、トントンと肩を叩かれた。
 驚いて後ろを振り向けば、見覚えのある顔がそこにはあった。
「……チョタ?」
「やっぱりリョーマさんですか。メイドさんの姿だからちょっと自信なかったんですけど。
 にしても、何やってるんですか、捕まりますよ?」
 苦笑しながら言うその人は、やっぱり鳳長太郎であった。
「え、チョタも敵なの?」
「一応、そういうことにはなってますけど、俺は別にリョーマさんに何かしようとは思ってませんから、気にしなくても大丈夫です」
「そりゃ、チョタは優しいし、紳士的だから信じてるけど」
「その信頼を裏切ることは、俺には出来ませんよ」
 ニッコリ笑顔の長太郎。やはりいいヤツだ、とリョーマは心底思う。これが、侑士だったならば、当たり前のように裏切ってくれるだろう。
「んじゃ、チョタは味方計算してもいいんだ?」
「そうですね、いいですよ」
 心強い味方ゲットである。
 これで何かあった場合に、長太郎をスケープゴートに逃げることが出来る。
 結構ひどいことを考えるリョーマ。しかし、長太郎はニコニコとリョーマを見つめるだけだ。
「あ、敵って誰がいた?」
「忍足先輩はいました」
「じゃ、岳人もいる、か」
 侑士が居るところ、岳人がいる。これはある意味氷帝を知る人間ならば当たり前の方程式である。別に二人が出来ているとかそういう問題ではないのだ。ただ、侑士があまりにも暴走しすぎるので、岳人がストッパーとして存在していないといけない、という。
 最初の頃は岳人がはしゃぎすぎるので、その保護者的役割を侑士が担っていたのだが、もう最近では逆転してしまっていた。勿論、岳人も楽しむところは楽しんでいる。しかし、楽しむ以上に侑士の暴走は激しかった。主にリョーマに関わることに関しては特に。
 そんなワケで、岳人は強制参加状態なのだろうが、この場にいることは間違いないのである。
「それと、青学の人間がいましたね」
「……へ?」
「不二周助の姿が、あった気がするんです。
 他は見てないのですが、恐らく…」
「……不二先輩がいるって最悪なんだけど」
 途端に、ズドン、と空気が重くなるリョーマ。
 不二周助。彼はある意味鬼門である。
 侑士なぞ比じゃないくらいに、リョーマにとっては困った存在だ。
 過去リョーマが性別を偽り、青学に通っていた時分、周助によって大変な思いをしてきた。
 セクハラとかセクハラとかセクハラとか。
 景吾と結婚した時には、微笑む姿が恐ろしかったの何のって話。
 少しは落ち着いてるといいなぁ、とか思いつつ会ってみれば、全くもって落ち着いておらず、初っ端から「やぁ、僕のリョーマ」とかかっ飛ばした挨拶をしてくる。勿論、二人で会うなんてことはしていないのだが、周りにいた元・青学メンバーがズザッと後ずさりしたのを覚えている。
「ボスキャラか…」
「強敵ですね」
 長太郎の言葉に、うん、とか頷きつつ、リョーマは冷蔵庫から取り出したサラミにかじりついた。









◆ ◆ ◆









 お腹のいっぱいになったリョーマは、長太郎という下僕、もとい味方を従え、慎重にキッチンを後にした。
 結局、不二周助、忍足侑士、向日岳人の三人しかいることを確認出来ていない。
 他に何人いるのか、何にせよ、用心に越したことは無い。
 二人は物音一つ立てず、そろそろと景吾がいるであろう場所に当たりをつけ、移動していた。
「っっ!」
 角から覗きこんだその先に人の姿を見つけ、リョーマは慌てて身体を隠す。
 とはいえ、ほぼ真っ暗なこの状態で、リョーマの姿を見つけるのは困難ではあろう。丁度向こうが月明かりに上手い事照らされてくれたがゆえに分かったのだ。
 もう一度こっそり確認する。
 その顔には物凄く見覚えがあった。
 リョーマは長太郎の手に文字を書くことで、それを伝える。長太郎が静かに頷いた。
 しかし、ここで、さてどうするか、ということになる。
 リョーマ達が目指す場所は、丁度その敵がいる場所を通らねばならない。しかし、月明かりが目立つだけに、真っ向から行けばバレることは間違いない。
 しばらく考えていたリョーマだったが、長太郎がニッコリと笑って、一つ手前の角を指差したのに気付いて、首を傾げた。とりあえず、言われるがままに一つ手前の角に身を隠す。
 長太郎は、リョーマが隠れたのを確認した後、堂々と敵の前に姿を現した。
「おんやぁ? 誰だ、そこにいるのは!」
「青学の菊丸さん、ですよね? 俺、氷帝の鳳です」
 どうも、とか言いながらペコと長太郎がお辞儀をすれば、された方の菊丸英二もお辞儀を一つする。
「鳳かー…ってことは、氷帝からは三人参戦ってことだなっ」
「そっちは何人なんですか?」
「俺と不二の二人だけ〜。後は仕事とか色々。ま、社会人ともなれば忙しいってことじゃにゃいの?」
 相変わらずの口調に、リョーマは笑いそうになるのを必死で堪える。
 しかし、いいことを聞いた。つまり、敵は長太郎を抜かせば四人ということになる。その四人の現在位置を把握しつつ動けば、景吾にぶち当たるのも時間の問題、ということだ。
 そういえば、もうじき新年じゃないだろうか。
「っっ!」
 そんなことを考えていた矢先、突然、リョーマは口を手で塞がれた。
 驚きで身を硬くすれば、そのまま羽交い絞めにされ、ずるずると引きずられる。
「んっ!」
 必死の抵抗も空しく、リョーマはそのままどこぞの部屋へと連れて行かれることとなった。
 身体を押さえつけていた腕が離れると、リョーマはバッと後ろを振り返った。
「……侑士」
 暗闇の中、キラリと光るメガネのフレーム。相変わらずの伊達眼鏡かと思えば、最近は目が悪くなったせいで、マジ眼鏡である。ちょっとした余談だ。
「会いたかったで、リョーマ」
 超笑顔である。そりゃそうだ。景吾ママから直々にお許しが出ているちょっかい。笑顔にもなるだろう。
「俺は別に」
「相変わらずやな、リョーマ」
 ニヤニヤ笑いながら近づいてくる。これは結構マジだ。マジで犯る気だ。
 辺りにはいつも引っ付いている岳人がいない。こりゃヤバい。
 リョーマは自分の貞操の危機を客観的に考えつつ、どうやって逃げようか模索する。
 けれど、いいアイディアが思いつく前に、リョーマの視界がグルリと天井を映し出す。
「ちょっ!」
 押し倒した張本人は、相変わらず、締まりのない笑顔だ。
 かなり本気でヤバい。
 それにしても、景吾ママはこの様子を特別室から見ているのだろうか。何か、凄い嫌な気分だ。犯られるにしても、それを他人に見られるってのはどうなんだろう。かなり嫌だ。
 どんどん方向性がおかしくなりながら、リョーマは必死に抵抗をする。
 しかし、両手を頭の上に固定され、両足の間に身体を置かれた状態では、どうすることも出来ない。
 そうこうするうちに、侑士の顔が近づいてくる。
 万事休すかと思ったその時、侑士の身体が横へと吹っ飛んだ。嫌な圧迫感が消え、ほぅ、と息を吐く。
 誰か分からないが、どうやら助かったようだ。
 ホッと息を吐きながら上を向けば、見たくない笑顔がそこにはあった。
「ふ、不二せんぱい…」
 一難去って、また一難。
 というか、中ボスが突然ラスボスにメタモルフォーゼしちゃったといっても間違いではないだろう。
 にこにこ微笑む不二周助の横では、気絶した侑士を慌てて起こそうとしている岳人がいた。
 恐らく、暴走した侑士を止めようと誰かを呼びに行き、不二周助を連れてきたのだろうが、完全に選択ミスだ。選択ミス以外の何物でもない。
 だって、よりにもよって不二周助を連れてくるなんて、やっちゃいけないことだというのに。
「なんであんなバカにいいようにさせてるんだい、君って人は」
 微笑みながら責められる。
 リョーマは時間稼ぎの意味も込めて、笑いつつ応えることにした。
「だ、だって、さすがに力強いしさ」
「だからって、あんなのに君の身体をいいようにさせていいわけがないと思わない?」
 全く、君の身体は僕のものなんだから。とか呟く不二。
 何やら物凄く嫌なムードへと早変わりである。ねっとり、というか言ってみればピンク色、というか。
「僕を探してたんでしょう? それなのに、あんなのに捕まってはいけないよ?」
 むしろ絶対に会いたくなかったのだが、上手くはいかないものだ。
 ジリジリと寄ってくる不二に、リョーマはジリジリと後退する。
 逃げるためには、不二の後ろにある扉から外へと出なくてはならない。このままでは、結局の所侑士と一緒の結果になってしまう。どうすればいい。どうすれば逃げられる。
 リョーマは考えに考えた。
 そして、気付く。
 そう、引いて駄目なら、押してみればいい。
「リョーマ…」
 目の前には熱っぽい表情で迫る不二周助の姿。
 リョーマはそれに応えるように、艶っぽく微笑んで、ゆっくり立ち上がった。
 不二の顔が嬉しそうに輝く。そりゃ、相手が応えてくれれば嬉しいものだが、リョーマとしては好都合の展開。
「しゅうすけぇ…」
 もう絶対二度と言うものか!とか心に誓いながら、リョーマは不二の名前を呼んで、不二の元へと駆け出した。
 そして。
「リョーマっ!」
 感極まったように両手を広げる周助の隣を、リョーマはすぅっと素通りした。
 そのまま扉を開いてバタンと閉める。ついでに、近くにあったキャビネットをガタガタと扉の前に持ってくる。
 この間、扉の向こう側では何のアクションも見られない。
 恐らく、あまりの事態に脳がついてこないのだろう。
 一生に一度あるかないかの幸福状態から、一気に地獄へ転落。そりゃ、茫然自失にもなるだろう。もっとも、後悔なんてするはずもないのだが。
「これでよしっと」
 リョーマが、うん、と頷いたと同時。
 メキャ、とか物凄い音と共に、扉が開いた。
 そして、キャビネットが吹っ飛んだ。

「………」

 ラスボス、最終形態に変身なさった瞬間である。









◆ ◆ ◆









「景吾景吾景吾景吾景吾―! アンタどこにいんのこのバカー!」
 叫べるだけ叫びながらリョーマは屋敷内をダッシュし続けていた。
 後ろにはラスボス最終形態、もとい、不二周助がいる。結構なスピードで逃げ続けるリョーマを追尾しながら、笑顔だ。物凄い笑顔を浮かべていた。
 この光景はある意味どんなホラー映画にも勝るだろう。事実、偶然それを見かけた菊丸英二は、あまりの衝撃に固まってしまったのだ。そして、震えながら逃げ去った。後日、そこら辺の記憶が綺麗さっぱり抜けてしまったりしていたが、あまり関係のない話ではある。
「早くっ出て来い、景吾のバカっ!」
「あ? テメェさっきから人のことをバカバカ呼んでんじゃ」
 突然前方の扉が開いたかと思えば、現れたのは景吾だった。おお、とか思いつつ、しかし、不二が追ってくるので、リョーマは感動の再会など出来ようはずもない。仕方なく、そんな景吾の腕を引っ張って、逃亡に参加させることにする。
「おいっ、なんで逃げてんだよっ!」
「追って…くる、から、仕方ないじゃん。とりあえず景吾、会えて、良かった」
 息を乱しながら、けれどペースは落とさずにリョーマは言う。
「ああ、確かに会えて良かったけどよ、俺はこんな再会は全然望んでねぇ」
「んなもん、俺だって嫌、だっつの!」
 追ってくる不二は相変わらずである。
 なんだってこんな恐ろしい鬼ごっこを経験せねばならないのか。
「って、そういえば、どうなれば終了か聞かされてねぇな」
「あっ…」
 今気付いたかのようにリョーマは目を見開く。
 確かに、探し当てればいい、とは言われたが、現在探し当て終えた状態でも、何の変化も見られない。つまり、ゲームはまだ終わってはいないのだ。
「勘弁、してよ…」
 かなり泣けてくる。このまま走り続けなくてはならないのだろうか。
「つーかそもそも、何のために俺らはこんなのやってんだ?」
「だから景吾ママが…」
「そう、か……今何時だ?」
 ハッと気付いたように、景吾が時計を見る。
 リョーマも釣られるように携帯を開いた。十一時五十九分。
「もうじき、十二時」
「つまりニューイヤーだ」
 景吾がニヤリと笑う。
 相変わらず追われた状態だが、終わりが見えれば気持ち的にも随分楽だ。
 あと何秒もすれば、終わるのだ。この、長い鬼ごっこも。
 そして、その言葉を裏付けるように、突然放送が開始される。
 それも、カウントダウンという形で。
『スリー』
 最後の二秒は、リョーマも景吾も、走りながら声を上げた。

『ハッピーニューイヤー!』

 景吾ママの明るいそんな声と共に、屋敷中の電気がぱっと点く。それと同時に、倒れこむようにしてリョーマはその場に座り込んだ。
『ゲーム終了〜! 景吾とリョーマちゃんの勝ちね』
 景吾ママの明るい声がやけに嬉しく感じる。何しろこの身体の疲労感は並ではない。ゲームをやりきった達成感がひしひしと感じられ、疲労感と共に心地よい気分だった。景吾ママの提案したゲームでこれだけ、終了後に爽やかな気持ちになれるものもないだろう。
 後ろを見れば、不二周助が、つまらないなとばかり肩を竦めている。再戦が設けられれば、今度こそ逃さないぞ、とその目が言っていた。ゾッとしながらリョーマは景吾に目を向けた。
「意外とこういうのも有りだな」
「でも俺、一回で十分だよ」
「それは俺も同感だけどな」
 笑いながら言い合う二人、疲れた身体を癒しながら、そういえば、とリョーマは思い出す。
「景吾、新年明けましておめでとう」
「ああ、明けましておめでとう。今年も楽しく、な」
「勿論」
 幸せそうに笑う二人。






 しかしそんな幸せそうな二人は、今後も毎年毎年、同じゲームが催されることを知らない。
 しかも、参加人数が増え、どんどんゲームが複雑で難しいものになっていくことなんて、今の二人が知る由も無い。
 そんな中一人。
「次こそは、ね」
 不敵に笑う人物がいたりした。














END