それは、小さな嗚咽だった。
押し殺すように、小さく、小さく。けれど、その声は、はっきりと、聞こえた。

「ねぇ、聞こえた…?」

隣に立つ男を窺い見れば、小さく頷いている。リョーマはとりあえず辺りを見回した。近くには住宅と、そして公園がある。雪が降ったせいで、視界がなんだか真っ白く感じる。

「あ…!」

そして、公園の中、蹲るようにして、雪と同じ真っ白な服を着た───

小さな少女が泣いていた。











【 愛しのサンタクロース 】











たまには外に出よう、と言ったのはどちらだったか。
最近の寒さにやられて、跡部景吾、リョーマの二人は出不精になっていたように思える。
元より、家から出ることなく仕事が可能な景吾のこと、特に出る必要は感じられないのだ。リョーマはリョーマで、そんな景吾にお付き合い、とばかり、跡部邸のテニスコートでの屋内練習に精を出している。

そんなある日だった。雪が降ったのは。

深々と冷え込む日の夜に、リョーマは真っ白な雪が降り始めるのを目撃した。その珍しい光景に息を呑んで、ついでにリョーマはベッドの隣、明かりを頼りに読書をしていた景吾を揺すった。
始めは邪魔されたことで不機嫌そうな景吾だったが、リョーマの指差す方向を見て目を見開き、初雪だな、と笑って。そこから二人はしばらく談笑した。

そして、その会話の中で、明日、出かけようということになったのだった。それは要するに、久しぶりに見た雪に、思わず心弾ませてしまった効果といえよう。


そんなワケで出かけた──とはいえ近所をただ徘徊するだけとも言えるが──二人だったが、珍しく外に出た結果、妙な事態に遭遇することになった。

小さく涙する少女。
景吾はため息をつき、リョーマは好奇心に駆られてか、公園内へと走っていく。
今一度、大きなため息が景吾の唇から漏れた。











「ねぇ、なんで泣いてんの?」

小さな少女の顔を覗き込むようにして、リョーマが屈んで尋ねた。小さな少女の身体が、ビクリと震える。

「……っく………ふっ……」

嗚咽はそのままに、少女が顔を上げた。可愛らしい少女だった。
腰まである髪の毛はストレートの真っ黒で。寒さで赤く染まる頬。けれど白い肌。黒くて大きな瞳には涙が滲んでいる。

「っ……だ、だぁれ……?」
「リョーマ」

ニッと笑ってリョーマは言った。ぱちぱちと瞬きをして、少女が唾を飲み込んだ。驚きで涙も引っ込んだらしい。整えるように息をして、少女は小さく首を傾げた。

「……リョー、マ?」
「そ、リョーマ。で、そっちの名前は?」
「………まりあ」
「ふぅん、まりあ、ね」

その頃には、景吾もリョーマの傍へと歩み寄ってきていた。新たなる人物の登場に、少女が目線を景吾へとまわす。

「だぁれ?」
「コレは景吾だよ、まりあ。俺の旦那さん」
「ハズバンドとか他に言い様あるだろ。なんだ旦那って」
「日本の子供がハズバンドの意味分かるわけないじゃん。そういうとこ抜けてるよね景吾は」
「うるせぇ。旦那って響きが気に入らねぇだけだ」

突然現れた景吾に驚く暇も無く、目の前で起こる論争に、まりあは目を見開いて、それから笑った。もう、まりあの頬も乾いていた。

「あ、笑った」
「そりゃ良かったな。で、まりあとか言ったか? なんで泣いてた?」

やはりその理由は気になっているらしく、景吾が抜け目無く聞く。小さな子供の喧嘩、やらその他諸々色々子供が泣く理由を思いつかなくも無かったが、何となく景吾、そしてリョーマには、これが面白そうな事件の発端である予感がしていたのだ。

「あの、ね……隣のおうちの、いっつも遊んでた廉くんって友達がいるの。でも今はあんまり遊んでくれなくて。
こないだ、廉くんのママがクリスマスに、廉くんが、パーティー開くって言ってたの。だから、まりあ廉くんにお願いしたんだけど、でも、まりあは来ちゃ駄目って言うの。
さっき、どうしてって聞いたのに、廉くん、絶対来るなって…怒る、から……ふぇっ…」

思い出してしまったからか、泣き出してしまうまりあの頭を撫でながら、リョーマは景吾をチラリと見やった。景吾もリョーマを見やる。
頷きあった二人は、にこやかに微笑むと呟いた。

「良くあるガキのアレだろうな」
「だろうね。バカの極みだね」

嗚咽を漏らす少女には、二人の会話がどういう意味なのかは理解出来ない。

「っ…な、なぁに?」
「あのさ、まりあは、その、廉とかいうバカの家のパーティーに行きたいの?」

しばし逡巡するように目を彷徨わせた後、まりあはこっくりと頷いた。

「まりあは廉ってガキが好きなのか…?」
「うん。まりあ、廉くんとずっと一緒にいたいんだってパパに言ったら、パパは、じゃあまりあは廉くんが好きなんだなって言ってた。だから、まりあは廉くんが好きなの」
「でも、遊んでくれないワケか」
「……うん」

悲しそうに呟くまりあの頭を、慰めるようにリョーマは撫でた。そして、隣に佇む景吾を見上げる。

「これは放っておけないんじゃない、景吾」
「ったく…お前もよくよく暇だな」
「や、景吾には負ける」
「俺は仕事してんだぜ?」
「………俺もテニスしてるよ?」

にこやかに微笑む二人を、涙が引っ込んだらしいまりあがキョトンと見つめた。

「ってワケでまりあ。俺達二人、まりあの家まで行きたいんだけど?」

見事なほど美しい微笑を浮かべて、リョーマは高らかに言い放ったのだった。












「…………自分で言うのもなんだけどさ、景吾」
「なんだ?」
「……普通、見ず知らずの人間を家に上げないよね」
「………まぁ、俺達が夫婦ってのが安心する材料なんだろ」

景吾の言葉に、リョーマは目を細めた。

「自分の娘が、突然妙齢の男と女、しかも夫婦連れてきたら、景吾、家に上げる?」
「あげねぇな」

即答だった。

ちなみに現時点、跡部景吾、リョーマ夫妻は、まりあ、もとい清里まりあの両親、清里健二、紗枝夫婦によって自宅に招待され、リビングのソファに座っていた。
あらいらっしゃい、と何の疑いも抱かず家へ招き入れた清里夫妻に、逆にリョーマは驚かされた。
ただ、自宅付近を下見をするというのが、今回のまりあ宅訪問の第一の目的であり狙いだったのに、気付けば、そんな目的などすっ飛ばし、清里家に招かれてしまった上、仲良くなってしまいそうな雰囲気だ。

「いい人達だねー…」
「手作りのお菓子とか普通に振舞う家とか珍しいんじゃねぇのか?」
「跡部家は常にパティシエが作ったお菓子用意されてるもんねー…」
「自宅とじゃなく、別の家考えろよ」
「だって、そんなに人の家なんか行かないし。つかそんなことより、どうする?」
「まりあを廉のパーティー行かせる算段か?」
「むしろ、清里家にあれだけちゃんとした庭あるんだから、お庭でパーティー開いて、んでまりあに格好いい男の子とか紹介したい気分。ここは一つ、廉を焦らせてみたいね」
「…………確かにな」
「大事なものを大事にするの、恥ずかしがってばっかりいると横から奪われるんだってしっかり身体に覚えさせないといけない気がするんだよね」
「じゃ、パーティーで紹介、でいいか」
「……………景吾の従姉妹の子供がいい」
「……………あのガキ共かよ」

などと二人が囁き会っている間に、清里夫妻はつい今焼きあがったらしいケーキを持ってやってきた。紅茶のシフォンケーキ。ふわふわとアールグレイの紅茶のいい匂いがしている。

「これ、どうぞ。お口に合わなかったらごめんなさい」
「有難うございます」

にこやかに微笑みつつ、二人は切り分けられたケーキを受け取った。一口食べ、おいしい、と心からの感想を述べた後、リョーマは唐突に切り出した。

「あの、ちょっと、お願いがあるんですがよろしいですか?」
「はい、何でしょう?」
「お宅のお庭でクリスマスパーティーを開きませんか?」
「え…?」

驚きの声を漏らす清里夫妻に、今度は景吾が引き継いで言葉を連ねる。

「費用等は我々が持ちます。お宅のお嬢さんに、話を伺いまして。隣の家のパーティーに呼んでもらえない、と、泣いてらしたのです。なので、それを見てしまった我々としては、この家で、パーティーを開いてあげたいと思うのですが、どうでしょう?」

実際問題、有りえない願いではあった。
何しろ二人の提案は、全くもって余計なおせっかいであり、初対面の夫婦からの突然の願いであるのだ。
けれど、この清里夫婦ならば、難なく受け入れてくれるような気がした。それは、この二人の持つ雰囲気とでも言おうか。ともかく、この二人ならば、唐突な二人の願いも、いいですよ、と軽く承諾してくれそうな気がしたのだ。
そして、その考えは、数秒後、正しかったと証明される。

「まりあのためにわざわざ……本当によろしいんですか?」
「はい。一応この隣の男、金持ちの部類に分類されますし。お金の面は本当に心配する必要ないです。
まりあちゃんのために、どうしても、クリスマスパーティー開いてあげたいだけなので」
「では………よろしくお願い致します…」

こうして、実に簡単に、クリスマスの企画は持ち上がったのだった。








それからの二人の行動は早かった。
まず、クリスマスのための飾りつけ等をそういった会社に依頼。清里家は、途端にクリスマスムード一色になる。
また、清里家夫妻を、ともかく色々な場所へ連れて行った。打ち解けなければ、気楽にパーティーなど開けるわけがないからだ。しかし、そのおかげか、跡部夫妻と清里夫妻は、実に仲良くなった。しかも、どうせだからと跡部夫妻が、自分達と仲の良い人間達に会わせていたら、それらとも仲良くなってしまった。これでパーティーで、会話に困るということは無いはずだ。
最後に一番重要な、まりあのお相手探しであるが、一番最初の案が見事に通った。すなわち、跡部の従姉妹の子供である。
名を跡部右京、左京。男の双子であった。

「うまくいくといいね」
「右も左も、レディファースト徹底的にガキの頃から仕込まれてるから大丈夫だろ」
「でも、まりあのこと本気にさせたら駄目じゃん!」
「そこらへんも心得てるだろ。自分達が面倒くさくなるかどうかの瀬戸際だからな」
「……………総合するととても嫌なガキだね」
「そりゃな。10にも満たないガキがレディファーストがどういうものか知ってるってだけでも嫌だろ」
「ちなみに景吾は?」
「俺もその口だ」
「………あの二人こんなのになるんだ…」

なんて言いつつリョーマは手元にあった、右京、左京の写真を覗き込む。子供らしく微笑んではいるが、微妙に男臭い。本当に嫌な感じだ。
中学生になったら、さぞかしモテることだろう。ましてや、あの跡部財閥と繋がりが深いだろうことは、その苗字から一目瞭然。そりゃモテるに決まっている。顔目当ても金目当ても何でも来いだ。

「リョーマは俺のだから手出してこねぇとは思うけどな。もう少し経てば、絶対アイツラお前に興味示してたはずだぜ。そっちの意味でな」
「…………うわー…」
「……思い通りにならねぇ女ってのが好きだからな、どいつもこいつも」

跡部家に嫁に来た時点で、跡部家の一種異様なおかしさは理解してはいたが。全員が全員、性格同じタイプで、しかもこれまた自分と同等のタイプに惚れるのかもしれない。
考えてみると物凄いナルシストだ。

「…………跡部家って異次元。つか宇宙人の集まりだ」
「テメェも無事仲間入り果たせて良かったな」
「────全然嬉しくない………」











やがて、クリスマスが来た。
リョーマの誕生日はどうせだからとそのパーティーと一緒にしてしまうことにした。
クリスマスパーティーが始まるのは午後六時。隣の廉宅でのクリスマスパーティーは四時に始まる予定だと聞いている。ニヤとリョーマが笑った。

「あー楽しみ。ホントまりあ泣かせるなんてバカの極みだしね」
「ですよね。本当にまりあちゃん可愛いのに」
「もっとも、可愛いからって僕たちが恋しちゃうってことはありえないですけど」

にこにこ微笑んで言葉を続けたのは、跡部右京、左京だった。

「オイ、右も左もちょっと黙ってろ」
「その略やめて欲しいんですよね。僕の名前は右京ですから」
「僕としても困ります。左なんて」

顔を顰めて跡部右京、左京が訴えた。けれど相変わらず景吾は人の悪い笑みを浮かべたまま。

「これほど分かりやすい略ねぇだろ。右左で区別つくんだから有り難いじゃねぇか」
「これっぽっちも嬉しくないです」
「景吾さんの場合は、むしろ楽しんでるのが問題だと思います」

三人の会話に、思わずリョーマは吹き出した。

「なんかさ、妙に三人面白いんだけど」
「リョーマさんが笑ってくださるなら、僕としてはもういいです」
「僕もいいです」
「俺は嫌だ」
「あっはははははは!!!」

にこにこ笑う美形の双子とは対照的に、景吾はこれでもかというくらいに仏頂面だった。
右京と左京は、区別がつきやすいようにか、髪の分け目を違えている。おかげであまり会ったことが無いリョーマでも区別はついた。しかし、仕草も性格も全く同じといっていいほど似ている上、一卵性双生児だから外見もそっくりだ。きっと髪の毛を一緒にしようものなら、リョーマには区別つかなかっただろう。

「それにしても……本当にリョーマさんみたいな女性が他にもいるんでしょうか」
「これほど理想にぴったり合う女性いないのに、景吾さんの奥さんなんですよね」
「手出したら、僕たち景吾さんに殺されちゃいますしね」
「でも、離婚したいって景吾さんに言われたら、僕たちがウキウキで拾いますから言ってくださいね?」
「…………誰が離婚したいって言うんだ誰が」
「景吾さんですよ。元々飽きっぽいところあったって聞きますし」
「僕たちには考えられませんけれど、リョーマさんに飽きてしまうって可能性も無くはないと思います」

うんうん頷きあう二人に、景吾の唇が引くついた。

「飽きるわけねぇだろ!!」

景吾がそう叫んだ頃、リョーマは必死に笑いを押し殺していた。
段々と成長するにつれ、双子は景吾とこんな会話を毎度のようにしていたらしい。その現場に居合わせたかった、とリョーマはこのとき心底想った。

「あ、そろそろ時間だから、そこの三人、車乗って」

時計を見れば、六時十五分前だった。遅れてしまうわけにはいかない。

「あ、はい。分かりました」
「景吾さんはこう言ってますが、本当にそうなった場合は、僕たちのことを思い出してくださいね?」

そう言い残して、二人はリムジンに乗り込んだ。
次いでリョーマと景吾も用意された別のリムジンに乗り込む。

「……………あいつらと話すと疲れる……」

ボソリと呟かれた言葉に、またしてもリョーマは笑いを押し殺さなくてはならなくなった。




程なくして訪れた清里宅は、美しいイルミネーションが、センス良く配置されており、見事なパーティー会場へと変貌を遂げていた。夜のためのイルミネーションは、今日初めて飾られたもの。さながらその場は、貴族のガーデンパーティー会場だった。
その場にはもう既に、ここ最近で清里一家が仲良くなった色々な界隈の人たちが来ていた。ラフながら、どことなく品を感じさせる装いである。そして、それに見劣りせず、また決してでしゃばり過ぎない装いでいるのが、清里夫婦──もっとも夫の方は見当たらないので妻のみだが──であった。

「あ、景吾さんにリョーマさん。いらっしゃい。それと右京くんと左京くん、だったわね」
「紗枝さんこんばんは。お招き有難うございます」
「こんばんは。紗枝さん。ご招待いただけて本当に嬉しいです。ところでまりあちゃんはどこですか?」
「まりあなら、テーブルにかじりついてるわよ。綺麗な料理ばっかりでうっとりしてたもの」

クスクス笑いながら、清里紗枝が言う。右京、左京の二人は顔を見合わせてから、まりあの元へと歩いていった。ちなみに右京、左京には、このパーティーの最終的な目的を話してあった。すなわち、廉を後悔させ、ついでにまりあとの仲を取り持つこと、である。
跡部夫妻は、清里紗枝に挨拶しながら、姿の見えない健二について尋ねた。どうやら、仕事の関係で遅れているらしい。

こうして、跡部夫妻が到着したことで、クリスマスパーティー+リョーマのバースデイパーティーは華々しく幕を開いたのだった。










清里家の庭だけが、まるでその住宅街から抜け出したかのようにきらびやかだった。
和やかに談笑しつつ、テーブルの料理を摘む。一流のシェフに作らせただけあって、それはとてもおいしい。
また、清里健二の帰宅で場は更に盛り上がり、華やかさは一段と上がっていった。そんな時だった。
子供達の驚きの声が、した。

「凄ェ…!!」
「キレー…!」

聞こえてきたのはそんな言葉達。そちらを見やれば、隣の家から出てきた子供達が、キラキラ光るイルミネーションに目を奪われているところだった。
そして、それに混じる一つの声。

「………なんだよ、コレ……」

呆気に取られた、それでいて悔しそうなその声の主は、明らかにまりあを見ていた。否、目線はむしろ、まりあを取り囲むようにして存在する、少年二人に向けられている。

「ようやくお目見えだね」
「ったく、あのガキのために大掛かりな仕掛けすることになったな」
「…………にしても、やっぱりだし」
「だな。───ま、ガキの考えることは大概同じってことだろ」
「何が恥ずかしいんだろね」
「好きって認めるのが嫌なんじゃねぇの?」

そんな少年を見つめながら、跡部夫妻は話し合う。勿論、影からそっと。あの双子が自分達のやるべきことを分かっているだけに、本当に高みの見物としゃれ込むことが出来るのだ。

「廉くんっ!」

そして、ようやくまりあが廉の存在に気付いた。右京、左京との話に夢中になっていたらしく、廉の存在に気付かなかったらしい。後ろからは右京、左京が人好きのする笑みを浮かべてやってくる。右京左京の登場に、隣宅のパーティーに呼ばれていた少女達がわっと声を上げた。

「…………まりあ、その二人、誰だ?」
「右京と左京だよ。まりあのおともだち!」

ピクン、と、廉の身体が震えた。かすかな反応ではあったが、それは右京に左京、そして跡部夫妻には分かりやすすぎるくらいの反応だった。

「見た今の。呼び捨てにダメージ50だね」
「もうちょっとダメージ値高ェだろ。好きな女に呼び捨てにされてる男登場だぜ?」
「それにしても短時間に、右京も左京も……やるよね」

二人は小声で会話しながら、四人の動向を見守る。

「初めまして。貴方が廉くんですか? まりあちゃんから、よく、話は聞いてます」
「僕が右京で、こっちが左京です。どうぞよろしく」

にこやかに微笑む、右京、左京とは裏腹に、廉の機嫌は下降の一途を辿っているようだった。
そして、更にどん底に落とそうとばかり、右京が口を開く。

「最近、廉くんと遊べないんだって言ってたので、僕達と遊ぼうねってさっき約束したばっかりなんですよ」

わざわざ聞いてないことまで言う辺り、手っ取り早く嫉妬させて話を終わらせようとしているらしい。
手馴れた小学生ってのは嫌だなぁと心底リョーマは思った。

「そんな約束したのかまりあ!?」
「だって廉くん遊んでくれないもん。パーティーだって駄目って言った」
「そうだけど。そうだけど!!
でも駄目だ! そいつらと遊んだら、俺はお前と絶対遊ばないからな!」

廉の言葉に、うるりとまりあの目が潤んだ。

「うわー…言っちゃったよ、景吾」
「やっぱ、ガキってホントにバカなんだな」
「むしろ、まりあは廉のこと諦めた方がいい気するんだけど」
「同感だ」

二人がそんな会話をしている間にも、四人は、子供ながらに白熱した修羅場を演じていた。隣宅に招待された子供達も、何も言わず四人を見つめているようで。

「…大丈夫ですかまりあちゃん?」
「泣かないでください」

右京と左京の二人が、優しくまりあを覗き込み、廉はといえば、辛そうに唇を噛み締めて下を見ていた。まりあはポロポロと大粒の涙を零している。やがて、ヒックと嗚咽を洩らし始めるまりあに耐え切れなくなったのか、廉が叫んだ。

「なっ……なんでそんな泣くんだよ!」
「そんなの当たり前でしょう。廉くんはまりあちゃんと遊ぶ気が無いのに、まりあちゃんは僕たちと遊んでは駄目なんですか?」
「廉くんにまりあちゃんの遊び相手を決めることなんて出来ないですよ」
「うっ…うるさいっっ! まりあは俺の言うこと聞いてればいいんだっ!」

これには、逆に遊びに来ていた友達の女の子達も同情したらしく、口々に廉を責め始めた。もう何がなんだか収拾がつかなくなっている。
深いため息を一つ跡部夫妻は互いについた。まさか、こんなにしっかりした修羅場を演じられるとは思わなかったというのが本音で。子供らしい喧嘩ではあるが、若いゆえに、感情が昂ぶるとどうしていいのか分からないらしく、収拾がつかない上、取り返しもつかない。これはまさにそのパターンだ。

「結局、俺達が出ないと駄目みたいだね景吾。それにしても、来てる連中、よく気付かないね」
「気付いてるだろ。むしろ面白がって聞いてるぜ、絶対。
清里夫妻はどちらにせよ、まりあがどうにかしないとなんねぇ事態だって思ってんだろ」
「ま、ここまで来たらどっちに転ぶにせよ、俺達が出ないとね」
「だな」

そして二人は今一度深い深いため息をついた。
というワケで、跡部夫妻が騒ぎ始めた子供たちの前に現れることになったのだった。

「はいちょっとストップストップ」

とりあえず、子供たちの前に出て始めにしたことは、そんな会話を止めることだった。
突然の大人二人、それも美形の登場に子供達は一瞬静まり返る。そしてその隙にとばかり、景吾がまりあを抱き上げた。
呆気にとられる廉。リョーマが近づいて声をかけた。

「俺達は、まぁ……まりあの友達みたいなもの。よろしくね、廉、だったっけ?」
「まっ…まりあ離せよ!」

けれど、そんな大人の登場にも恐れることなく廉は言い返してくる。リョーマがため息をついた。景吾はといえば、まりあの涙を止めるべく、あやすように背中をさすり続けている。
目の前で睨みつける少年を見ながら、リョーマはしばし考えた。
このまま押し問答を続けていても、本題に入ることなく喧嘩で全て終わってしまうに違いない。リョーマは自分自身でも理解しているが、短気でもあることだし。

「あのさ、なんでまりあを離して欲しいの?」
「ムカつくから……」
「なんでムカつくの?」
「…………わかんねぇよ!」

どうやら好きという感情が恥ずかしいというよりも、気付いてもない感情に振り回されるのが嫌だったらしい。モヤモヤする感情抱いたまま、まりあと遊ぶのは嫌、と。

「廉は、まりあのことが好きなんだ?」
「っ…なっ…何言ってんだっ! んなワケあるかっ!」
「そうなの? まりあは廉が好きだって言ってたけど……。
でも最近は遊んでくれないらしいし、右京、左京の方を好きになるんじゃない?」

リョーマの淡々とした言葉に、真っ赤になった後青くなるという芸当を目の前の廉はしてのけた。
ようやく、その頭にも、自分以外の人間が隣にいるまりあの図を思い描けたらしい。ただ単にそれを嫌がるだけじゃなく、それを嫌がるちゃんとした理由も、しっかりと自覚して。
途端、黙り込む廉に、リョーマは深いため息をついた。

「ようやく気付いた? 自分の気持ち」
「………………」
「じゃ、バトンタッチかな、景吾」

呼ばれた景吾が、まりあを抱き上げたまま廉の傍へと近づいてくる。
廉は、ただ黙って近づいてくる景吾と、そしてまりあを見ていた。

「もう、好きな女泣かすんじゃねぇよ」

苦笑しながら呟いて、景吾はまりあを廉の近くへと下ろしてやった。後は二人の問題だ。自覚さえ済んでしまえば、きっと廉はまりあを大事にする、はずである。
何より、右京、左京の存在は廉にとっては恐怖以外の何物でもないわけだから。

「さ、そこの廉の友達達は、遅いから帰った方がいいよ?」

リョーマの言葉に、呆気にとられたようにボーッとしていた子供達がハッと我に返った。そして、慌てたように方々に散らばっていった。

「………小学生の門限って……新鮮」
「お前……」

リョーマの呟きに、景吾と、そして右京左京が苦笑した。



こうして、パーティーは無事、目的を果たした形で終了を迎えた。










後日。

「へぇー…まりあ、明日廉と一緒に遊園地に遊びに行ってくるみたい」
「とりあえず仲良くやってるみたいだな」

お礼の言葉にと跡部宅に届けられた手紙の宛名には、しっかりと清里まりあと書かれていた。
それを読むリョーマに、ソファで寛ぎながらその内容に耳を傾ける景吾。

「あっっ……」
「なんだ?」
「もう一枚目に………右京と左京とも一緒だって書いてある……」
「…………ほぉ」

大きな拙い字で、手紙には確かにそう書いてある。景吾が面白そうに唇を歪めた。

「ってことはだ、四人でデートってことか?」
「以外にないんじゃない…?」
「凄ェ面白そうだな」
「…………実に、ね」

ニヤリと二人笑い合うと、そのまま電話を取り出して、明日の予定をキャンセルし始める。

「時間は有効に使わないとね」
「俺達の娯楽のためにもな」





『まりあのサンタさんは、景吾にぃとリョーマねぇなんだね!
まりあ、いい子にしてるから、また来年も来てね!』

三枚目に書かれていたことに苦笑するのは、そのすぐ後のこと。










End