煌めく星々。
 美しきは闇なる宇宙。
 全ての始まりにして終わり。
 全てを内包し、それでも余りある存在。


 闇の中、真紅の鳥が優雅に羽ばたいた。



















【ZERO actT】




















 その日は朝からお祭り騒ぎだった。

 皆一様にその一大イベントに浮かれ、騒いでいた。
 年寄りから子供まで、ありとあらゆる者達がその宴を楽しんでいた。

 惑星エツィ。リグメダ星雲の中心に位置する巨大な一つの惑星は、その星雲一帯を統治する王の住まう星である。そして、その王の娘である姫君の婚約式ともなれば浮かれないはずもなく。星雲内の惑星の住民は、こぞって姫君を祝おうと、エツィに降り立つのだった。
 そのためエツィはかつて無いほどに人で溢れかえり、それはそれは騒がしい有様。宇宙港は船で溢れ、地上に降り立っても人ごみにより、行きたい場所まで満足に辿り着けない。しかし、浮かれた星雲の人々は、それすらも楽しみの一貫として考えた。さすがは姫君の婚約式だと。
 たまたまエツィに立ち寄った者には災難この上ないことだったが。


 待ちに待った婚約式ということで、その日の王は大層ご機嫌だった。よもや自分の娘が、中央連邦のお偉方の息子に見初められようとは、思いもよらなかったのだ。
 というのも、娘は大層美しい少女であるものの、性格に大きく難がある。だからこそ可愛いのだというのが王の説だが、大抵の男に敬遠されるタイプであることも重々承知であった。
 しかしながら。
 なるようになるもの。
 そのお偉方の息子は、大層美形な上、娘を飼いならせる程頭も働くらしい。
 求婚は数多くありはしたが、どれもこれも未だ見ることの叶わぬ、深窓の姫君を御所望といった風で、どうしたって自分の娘では役者違いだったのだ。その点、この求婚者は、違っていた。十分な調査の上、じゃじゃ馬な姫君を自分好みに躾けてみたいなどと…けったいな恋文を寄こしたのだ。これには王も驚いた。
 姫君に対する求婚の文章では決して無かった。
 しかし、王はそこが気に入った。一国の姫に、じゃじゃ馬などという形容詞を当ててくるなど、根性が座っている。これならば我が娘を任せても、と王は考えたのだ。
 そして、寝耳に水だったのは姫だった。もちろん大反対である。
 けれど王は娘の言い分を全く聞き入れようともせず、娘の姫君を自室に監禁した。
 そして今日は待ちに待った婚約式である。王の機嫌がいいのも頷ける。
 笑いながら王は外のお祭り騒ぎを楽しそうに見ていた。

 とそこへコンコンと扉を叩く音がした。

「入れ」

 躾けられた召し使いが失礼しますとの言葉と共に入室する。王はその、パーティ用のドレスをまとった召し使いを見て、ニヤリと笑った。

「召し使いもおめかしか…さすがは我が娘の婚約式ってトコロだな」
「王様…くだらないことをおっしゃらないでください。花婿様がお着きになられましたよ」
「そうか。予定より早かったな」
「なんでも、花婿様が早く姫君に会いたいと急がせたそうです」
「ずいぶんとうちの娘にご執心みたいだなァ。いや全く、おもしろくてしょうがねぇ」
「王様、下品なお言葉遣いは、花婿様の前では謹んでくださいませね」
「わかってる…で、花婿はこっちに通すよう言ったのか?」
「はい。今、サクノに案内させております。私は一足先に王様にその旨を伝えるため、先に参ったのです」
「おう、わかった。では、花婿殿を歓迎しようかな」

 ククと王が笑った時だった。先ほどとは違い、控えめなノックがトントンと二度、扉を鳴らした。

「入れ」
「失礼致します、花婿様がいらっしゃいました」

 扉を開け、ペコリとお辞儀をし召し使いは下がる。そして代わりに部屋へと姿を現したのは上質のスーツを身にまとった、美しい微笑を浮かべた花婿だった。

「初めてお目にかかります、エツィ王。この度は姫君との婚約をお許しいただき、誠に有難うございます」

 そして、それはそれは美しく、挨拶の言葉を述べるのだった。
 王はそれを見て、少しだけ頬を引きつらせた。
 職業柄、王は人の性格を掴むのが上手い。つまり、大概の人物の人柄は掴むことが出来る。例え己を偽っている人間が居たとしても、偽っていることが分かればそこから判断出来るというもの。そして、目の前の娘の花婿は兎の皮を被った狐だった。表面上はどこまでも紳士的だが内面はそれはそれは残酷であり、人を陥れるのがこの上なく好きな人種。
 王はため息をつきそうになった。
 というのも、この手の人種は、確か…娘が毛嫌いする類だったように思うのだ。
 少しだけ、しまったなぁ……と思う王ではあったが、あくまでも人事なのか、考えたすぐ後にはもう、面白いとすら思っていた。我が娘が、この花婿にどう立ち向かうのか、など、考えただけで笑いが込み上げてくる。

「いやいや…我が娘を欲しいというその心意気に私は感謝したいとすら思っている」

 うんうん、と隣の召し使いが頷いた。王の言葉遣いが大変満足のいくものだったらしい。
 そして召し使いが王に続き祝辞を述べようとした瞬間のこと。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 衣裂く叫び声が王宮に響いた。
 召し使いと王は瞬時に互いに目を見合わせ、頭を押さえた。
 自分達の想像が違っていればいいが、確実に事は自分達の想像どおりに起こっているような気がする。
 その後、二人が予想する通りに、バタバタという慌ただしい足音が近づいてきた。

「「ハァ……」」

 大きなため息をつく頃にはその騒々しい足音の主は、王のいる部屋に駆け込んでいた。

「ハァハァハァ……おっ…王様っっ!」
「……聞きたくねぇが、聞かねーとしょうがねぇんだろうなぁ…畜生…」
「王様、往生際が悪いのはいけませんよ」

 傍らにいる召し使いも王様同様に、深い深いため息と共に、駆け込んできた召し使いを見やった。

「何があった」
「ひっ、姫様がっっ!
 い、いらっしゃらないんですぅっっっ!」

 王はその言葉に自分のこめかみを揉み、傍に控えていた召し使いはしゃがみこんだ。
 
「アイツには監禁程度じゃ無理だったか。手枷でも付けておくべきだったな」
「エツィ王、どういうことでしょうか…?」

 ため息混じりの王の言葉をを聞きながら、花婿は尋ねた。彼には今、この王宮に何が起こったのか正確にはわからなかったのだ。それに対し王は笑顔で言い放った。

「花嫁が逃げやがったんだよ…花婿さん?
 多分この分じゃ王宮にはいねぇんだろうなぁ……。
 ま、要するに家出ってことだ。しかも今この惑星にはシャレにならんくらい人で賑わっていやがる。そこから人一人探し出すってのは…そりゃあ困難なこと、だろうよ」

 絶望的な状況に、王は頭を抱える他無かった。
 しかし同時に、さすが俺の娘だ面白いことしてくれる、なんて思っていたのだが、さすがに口には出さなかった。











 さて、王宮に悲鳴が轟くのと時を同じくして。
 王宮に程近いベガの町で、それは起こっていた。

「てめぇ生意気なんだよっ!」
「生意気って…なんで?」
「そのツラも何もかもが生意気って言ってんだよ!」

 この手の悪党は、得てしてバカが多いのだが…例に洩れずバカなそのチンピラに、絡まれたその子供はうざったそうに微笑んだ。

「アンタのその顔でよく言えるねそんなコト。笑っちゃうよ」

 クスクスとばかりに子供が言えば、怒気に顔を染めるチンピラ。その場は一触即発ムードを漂わせ、周りの人間はどうするべきかと思案していた、正にその時だった。

「なんや? 何集まってるんや?」

 風変わりな言葉にその場の空気を一掃されて、子供は肩を竦めた。チンピラの男はその乱入してきた男をジロリと睨みつける。

「いい年した男が、んなガキ相手してるんか。あかんやろそれは…」

 人ごみから抜け出したのは、スラリとした美しい男だった。
 風変わりな言葉を使ってはいるが、そのいでたちは、一般的に整っている部類に入り、その者がそれなりに裕福であるのは一目でわかる程だった。
 子供は、そのガキ、という言葉に嫌そうな顔をしたが、特に何も口には出さず、その現れた男とチンピラが対峙するのをただ見ていた。

「なんだとっ! そんな変な言葉を喋るお前なんぞに言われたくねぇなっ!」
「皆大概ソレ言いよるな。言葉なんてどうでもええやろ。
 俺が言ってんのは、いい年した大人が子供いじめて恥ずかしくないんかっちゅうことや」
「うるせぇ!てめぇには関係ねぇだろうが!」
「関係か。そうやな、関係は確かにないな」
「だったら口出すんじゃねぇよっ!」
「そやけどな? いたいけな子供がいじめられとるの見るんは胸くそ悪い。んなワケやから俺が相手したる」

 その言葉に、傍で聞いていた子供が驚く。
 わざわざ厄介事を自分から被るなぞ、実に奇特な人間である。

「テメェが相手するだァ? 上等だ、自分からやられに来るなんてバカな奴もいたもんだなァ!」

 言うが早いかチンピラが男にかかっていく。しかし大降りなチンピラの拳は空を切り、男に鼻で笑われることとなった。

「テッ…テメェ!」

 悔しそうに、拳をぶるぶる震わせて、チンピラが吠える。それに肩をすくめながら男は笑った。

「なんや、パンチは当たらな意味ないで?」
「うるせぇ! テメェが避けやがるのが悪ィんだろーがっ!」
「わざわざ当たってあげなあかん義理がどうして俺にあるんや。お前ホンマにバカやろ…」
「うっうるせぇ! 黙れ!」

 そしてもう一度、チンピラが拳を繰り出した。大降りなパンチは当然のように避けられ、反対に足をかけられて転んでしまう。周りの聴衆から失笑が零れた。

「くっクソ……」
「もうやめとき? アンタじゃ俺には敵わんってわかるやろ?」
「うるせぇ!」
「引き際は間違うたらあかん。もうお前に勝ち目は無いんやから、ココは潔く負けを認めて去るのが一番や」

 優しく諭すように言って、男はシッシッとばかりに手を振る。その様子に子供が笑みを洩らした。その様子に、チンピラは悔しそうにだが、すごすごと背中を向けた。

「覚えてろ!」

 けれどそう言い捨てることは忘れずに。
 決着を見せたことにより、周りを囲んでいた人々が男へ賛辞の言葉をかけながらバラバラと散り始めた。そうして人もまばらになり始めた頃、ようやく男は子供の傍へと近寄っていった。

「大丈夫かお前」
「別に平気。アンタこそ…平気?」
「見てたやろ?
 あんな奴にやられる程弱くはないで。それにしたって、一体原因は何やったんや?」
「ただのナンパ」
「ハァ?ナンパってお前をか?」
「綺麗な顔してれば、男も女も関係ないって言ってたケド、そんなもん?」
「腐っとる……」
「嫌がれば生意気だなんだって言い出すし。バカはこれだから嫌なんだよね…」

 子供のきつい言葉に、男は笑い出した。
 あまりにもはっきりした物言いに、その男の方が気の毒にすら思えてくる。確かに綺麗な顔をしている子供だが、口の方はこの上なく生意気だ。
 しかし、強いて言うならば、猫のようでもあった。人に懐かない猫。プライドが高くて、気まぐれで、ひどくそそられる。
 そんなことをふと考えてしまって男は苦笑した。自分まで何を考えているのか、と。

「さーて、と。ねぇアンタさ、名前何?」
「人に名前尋ねる前に自分で名乗りや、って…まァええか。俺はユーシや」
「ユーシ…ね。俺はリョーマ。で、お願いなんだけど、俺をどっかの惑星まで連れてってくんないかな?」
「…………えーっとやな、話の流れがいまいち掴めんのやけど…。なんでそうなるん?」
「アンタ優しい人そうだから」

 至極あっさりと、笑顔すら浮かべてリョーマが言う。それにユーシは脱力したように声を出した。

「優しいって何やソレ。言っとくが、無償でンナけったいなコトしてやる義理は俺には無いで」
「金ならある。駄目?」
「………困っとんのか?」
「まぁね。かなり困ってる」
「で、金はある…と」
「うん」

 チャラリと懐から袋を見せるリョーマ。袋はかなり膨らんでおり、中身は金貨が詰まっているのは傍から見てもわかる。
 男は思案するように顎に手をやった。そうしてしばらく目を瞑る。その様子を静かに待つリョーマはそんな男を興味深そうに見つめている。
 ややあって、男が目を開いた。

「不思議なんやけど、そんだけ金あるんやったら、別に公共の宇宙船に乗客として乗ればいいだけのコトやないか?
 そうしたくない……何か大変な理由でもあるんか?」
「だからアンタに頼んでるんだよ。どうしようかなぁって思ってたら、丁度よくアンタに助けられて。アンタはどう見てもこの星の人間じゃあないし、ついでに言わせてもらうと…アンタ海賊でしょ」

 ニヤと笑うリョーマのその言葉に、ユーシは苦笑した。

「だったらどーなんや?」
「アンタが海賊ならお願い。俺を仲間にしてくんないかな?」
「……それが本音か?」
「ま、ね。一度乗り込んだ後にお願いしようかと思ってたんだけど、そうもいかなそうだから直球。この金全部あげるし……駄目?」

 可愛らしく「お願い」をするリョーマに、ユーシは今度こそ笑い出した。
 海賊に、面と向かってそんなお願いをする子供に、ユーシは今まで会ったことなどなかった。大体、海賊志望の奴は、それなりの酒場かなんかに、それとなく居るもんだ。後はそう、紹介やら何やら。どちらにせよその筋の人間はその筋の人間らしくあるべくして存在する。
 単なる偶然の出会いでもって、海賊に誘いをかけるなどと、全くもって子供のくせしてクソ度胸のある奴だ、とユーシは笑う。

「お前気に入った。気に入ったで。
 よっしゃわかった。仲間にしてやろうやないか。そんかし、俺の命令はちゃんと聞けや?」
「OK!キャプテン!」
「別にユーシでええ」
「OKユーシ」

 笑いながら、ユーシはリョーマの差し出した手をしっかりと握った。

「そうと決まればこないなトコ長居する必要は無しや。行くでリョーマ」

 歩き出したユーシに、リョーマがその後をはぐれないよう駆け足で追いかける。そんな人ごみの中を器用に逆走する二人を、周りの人間は不思議そうに見つめていた。














「まだ見つからないのですか?」

 苛立ちを隠せない口調で、花婿が言った。それに対し、むしろノホホンとした王は苦笑混じりに返す。

「まず今日中に見つけるのは無理だろうよ。アイツもバカじゃねぇ。そう目立つところに居やがるワケがねぇからな。
 ってコトはだ。今日しなけりゃならないコトは、不本意だろうが婚約式の延期発表ってトコロだ」
「延期ですか…。今日彼女の顔を直に見るのを楽しみにしていたのですが…」
「ずいぶんとうちの娘を気に入ってくれてるみたいだが…どうしてだ?」
「強いて言うなら、一目惚れです」

 恥ずかしげもなく言い切る花婿に、王の方が恥ずかしくなる。真面目な顔して何を言うやら、といった感じにため息すらついて。

「アイツと会ったことはないだろう? 一目惚れってのはおかしくないか?」
「まぁ、いいでしょうそんなコト」
「気になるんだがな。まぁいい。そんなコトよりも延期発表しねぇと騒ぎに収集がつかなくなっちまうからな、悪いがシュウスケさん、一つ頼むぞ」
「わかりました」

 シュウスケはこの上ない微笑を浮かべ、頷いてみせる。それを見て、頼もしいなと笑う王は、シュウスケの瞳の中に、静かに炎が灯ったことに気付くことは無かった。
















To be next